jca Jamaika  

907/958便ニアミスを考える-10

高高度におけるエンジン加速性能等について

≪事故報告書案より主旨抜粋≫

「フライトシミュレーターによる試験」によれば・・・

・ アイドル状態から、燃料流量が上昇推力に戻るまで約10秒であった。

・ 上昇中、燃料流量が約7600lb/hrからスラスト レバーを絞り、アイドル位置に約5秒間保持し燃料流量が約5400lb/hr、になった時、再度スラスト レバーを前進させたところ、高度計指示値の低下はなく、機体の安定性についても異常は認められなかった。

このように報告書案では、高高度におけるエンジンの加速性能について、シミュレーターでの試験を基に「問題はなかった」とう主旨の記述になっています。しかし、シミュレーターが「全てを模擬しているわけではない」というのは、常識以前の問題です。

 実際に、ある機種のDFOM REPORTには、高高度においてエンジンの加速に相当な長時間を要した事例が載せられています。

≪DFOM REPORTより主旨抜粋≫

FL340を飛行中、Speedが増えたためThrottleをIdleにした。その後ThrottleをほぼFull Forwardにしたが、その後10秒以上たっても十分なThrustが出ずに、逆にStick Shakerが作動した。

事故報告書案「シミュレーターでの試験」について

報告書案では「事故発生前の907便の対応の可能性についてシミュレーター試験を行った」とあります。

その試験の内容は以下の通りです。

?@ 907便が継続してそのまま上昇を続けた場合の獲得高度;

→ 最接近地点付近で高度約38,100ftとなった。

?A オートスロットルを使用したまま、手動でアイドルまで絞り、5秒間保持した後、スラストレバーと燃料流量が上昇推力位置に戻るまでの時間を計測;

→スラストレバーが上昇推力位置に戻るまで約5秒、燃料流量が上昇推力まで戻るのに約10秒を要した。

?B FL371付近を上昇中(F/F 7600lb/hr)、ゆっくりスラストレバーをアイドル位置にし、約5秒後(F/F 5400lb/hr)、再上昇操作を行った後、上昇率が1,500ft/min以上になるまでの間の高度低下、降下率の変化、機体の安定性について;

→推力を減少させた時点での上昇率は、昇降計の指示は最大でマイナス120ft/minにまで下がったが、高度計指示値はFL372以下にはならなかった。FL372に約9秒間留まり、その後、次第に上昇に転じた。この間、機体の安定性に異常は認められなかった。

?C 上昇途中からエンジンをアイドルにして降下を開始し、その状態で20秒経過した後に、上昇推力に戻した場合;

→上昇推力再設定時の高度からの高度低下は320ft、最初にアイドルにした高度まで戻るのには約36秒を要した。

?D FL370で水平飛行中、エンジンをアイドルにした場合;

 →シェイカー作動まで約105秒、このときの速度は215ktであった。

 報告書案では、あたかも「シミュレーターは、実機検証と同等のデータが得られる」かのような扱いになっています。しかし「高高度性能において、シミュレーターが実機をどこまで模擬しているか」については甚だ疑問であるばかりでなく、“F/F 5400lb/hr”を“IDLE”としています。

また、この試験結果をグラフにプロットしたグラフも掲載されていますが、「907便の対応の可能性について試験を行った」との記述と合わせて読むと、あたかも「907便が再上昇を行わなかったことが、ニアミスとなった原因である」との結論に誘導するための記述とも思えます。

エンジン加速性能に関する「航空機製造会社の資料」について

 一方、報告書案には次の主旨の記述もあります。

 高度37,000Ftを飛行中にエンジン推力がアイドルの状態から最大値に達するまでの変化を示す航空機製造会社の資料によれば、スラストレバーを操作してからエンジン推力が上昇するまでに要する時間は約5秒、推力が増加し始めてから最大推力に達するまでに要する時間は約20秒である。

 これによれば、スラストレバーを操作してから最大推力を得るまでには約25秒程度が必要ということになります。この時間は「シミュレーター試験より得られた時間」よりも相当程度に長いものですが、乗員の実感に非常に近いといえます。

RA発生から最接近までに35秒程度しかないことから、最大推力になるのは最接近直前となり、RAに従って上昇を試みたとしても、十分な高度が取れなかった可能性が、この資料から明らかになったといえます。

事故調査とは“不安全要素を除去”するもの

 事故調による調査は、これらの資料から見ても「RAに従っていればよかった」との“過失の追求”のための調査に傾いているかのようにも見えますが、それは本来の事故調査とは程遠いものです。                    

再発防止を目指すなら、“れば”“たら”の後付けの理屈ではなく、事実に基いた調査こそ求められます。もし、そこに判断の誤りが見出されたのなら、「そう判断させた要素は何であったか」を究明して原因を取り除かなければ、再発防止には役立ちません。