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電磁波干渉と航空機の運航

電磁波干渉と航空機の運航
(電磁波干渉ってなに?)

1.電磁波干渉(Electro Magnetic Interference)とは
 一般的な「電磁波干渉」というと、雷のような自然現象から、人間が製造した各種の電気電子機器が発生するノイズによって、他の電子機器に好ましくない障害が発生する事を指します。分かりやすい現象としては、雷による中波ラジオへの雑音、電気モーターによるTV受像の乱れなどの「意図しない電磁波」による障害や、違法無線によるFMラジオへの混信、電子制御装置の誤作動、などのような「意図的な電磁波」による障害があります。

 これらすべてを、我々が包括的に理解する必要もありませんので、ここでは、最近の航空機の運航に障害となるもののみに、的を絞って考察したいと思います。

2.意図された電磁波?意図しない電磁波?
 「意図された電磁波」とは直接的にはアマチュア無線機、携帯電話などがありますが、あまり知られていないものには、受信機(ラジオ)の内部で作られている「中間周波数」なるものもあります。これは「スーパーヘテロダイン」とか「局発」とか航空級無線通信士の試験でお目にかかった(事があるかもしれない??)理屈によるものですが、電子機器の設計段階から、わざわざ発生させているものですから、「意図的な電磁波」です。

 これらの「意図された電磁波」は、発生する側の電子機器も、航空機側もほぼ対策を施しているので、ここではとりあげません。

 「意図しない電磁波」がやっかいものです。これにもいくつかの種類があります。

 ひとつには、「意図された電磁波」が副次的に発生させる電磁波です。これは「高調波」とか「ふく射(スプリアス)」とかいわれるもので、例えば50MHzのアマ無線機から100,150MHzといった、目的外の周波数の電磁波が発射されたり、FMラジオの中間周波数(10.7MHz)の倍数の電磁波が漏れたりするものがあります。

このような「目的外の電磁波ふく射」はある程度予測可能です。

 他方では完全に「意図しない電磁波」として、大電流機器のON/OFFによるスパイクノイズや、話題のパソコン・CDプレイヤーなどの「マイクロエレクトロニクス機器」からの「電磁波」があり、これらが大きな問題となっています。

3.マイクロエレクトロニクス??
 すぐにも陳腐化しそうな言葉ですが、他に適当な分類が確立していませんので、こう表現されています。

 どんなものかというと、「小さくて、いろんな機能がついている、電気で作動するもの」と考えれば当たらずとも遠からず、と思ってください。パソコン、携帯電話、CDプレーヤー、電子ペット(ファービー)、ポケットゲーム機、、、、これらのものにはすべてマイクロエレクトロニクス≒「コンピューター」が組み込まれています。

 「コンピューター」が作動するためには必ず「クロック」と呼ばれる数MHz以上の方形波(デジタルと考えてもよいでしょう)と、信号のやりとりとしての方形波、の2種類のパルスが発生します。

理科の教科書には、正弦交流波により発生する「電界」がよく描かれますが、「電磁波」は電流が変動する時に発生するものですから、これらの方形波の立ち上がりと立ち下がり時にも「電磁波」が発生するわけです。

つまりマイクロエレクトロニクス機器には、クロックに関わる周期的な「電磁波」と、信号(情報)による不規則な「電磁波」が必ず付随しているわけです。

4.不要電磁波のふく射と受信
 参考で触れますが、航空機搭載機器からの不要電波のふく射については、論外というか対策済みのはずなのでここでは除外します。他には乗客による機内持ち込みの電子機器が問題となります。

 機内持ち込みで、「意図された電磁波」を発射する装置は当然アンテナを備えています。「意図しない電磁波」をふく射する装置には通常「アンテナ」はありませんが、電気の流れるところはすべて発射アンテナになり得ます。この場合の電磁波は非常に弱いもので、[参考]に掲げる航空機の設計上問題となるような、強い電界強度の何万分の一(あるいは10-6乗)程度の測定すら困難な強さです。しかしながら、そのような微弱なパワーしか持ち得ないCDプレーヤーでさえEMIを発生させているのが現実です。

参照:IATA報告事例

 では、これら不要電磁波を拾う機体側はどうでしょうか。後述するように、航空機は耐空性審査要領などによって、「外からの強い電波」には耐えられるように作られています。(機体が大きなシールド筐体ですから)しかしながら、その機体内部には、B747クラスでは数十km以上と言われるほど大量の電線が使用されており、基本的には、これらの全延長が受信アンテナとなりえます。但し、デジタル機器を結ぶARINC(エアリンク)と呼ばれる規格では、シールド線または、より安全性の高いツイステッドペア線(撚り線)を使用しています。教科書的に考えるならば、シールド線の真横にCDプレイヤーを持ってきても、何の障害も起こり得ない筈です。

 しかしながら、機体内部には様々な金属があります。これもアンテナ代用品になりえます。例えば、ある座席とその座席の固定レールがちょうどその電磁波の共鳴(共振)関係になり、さらに壁の中のリブが伝導にちょうどいい距離関係にあるかもしれません。また、曲がりくねり撚りあわされた配線、種々のコネクターによるシールド不全など、複合条件は検証しきれないほどあります。これが、同じ装置を同じように使っても、ある座席では発生したのに、その隣ではもう発生せず、コックピット内でさえ再現しない原因と思われます。

5.なぜ障害となるのか
 航空機においては、昔から知られている、雷や空電によるADF(中波自動方向探知機)の誤指示や、自らのHF(短波)送信時における油圧計の誤指示などがありますが、これらを仮に「アナログ系障害」としましょう。これらのアナログ系障害は、発生事象が割とダイナミック(はっきり分かる)で、因果関係も特定可能(再現性が高い)なケースが多いようです。

 ところが、最近話題の、コンピューターの関係する機器への障害の場合、まったく逆で、想像できないような現象が、再現性に乏しく発生しています。これを「デジタル系障害」と呼んでおきましょう。

 「アナログ系障害」は、予期されない電磁波が、本来の信号をオーバーライドしてしまったり、歪ませたりすることにより、誤作動を引き起こします。ところが、「デジタル系障害」は、「1」と「0」の組み合せである信号を書き換えてしまう事で、より重大な(あるいは極端な)誤作動となり得ます。

 航空機のデジタル信号は、+の電圧(+5から+15V程度)の時に「1」と解釈し、0または負の電圧(-5から-15V程度)の時に「0」と判断されます。この「1」と「0」の組み合せで、それぞれの電子機器のIDから、データまですべてを判断しますから、ひとつ順番が入れ替わっただけでも大変な事が起こり得ます。

 例えば、スラストレバーを動かして、N1を(ほぼアイドルの)33%にセットしようとした時、レバーを動かして、そのセンサーが「33」を出力するようにしたとします。センサーはオートスロットルコンピューターに対して「33」を意味する2進数「00100001」(仮に8ビットとします)を送るのですが、

0  0  1 0  0 0  0  1
となりますが、これに以下のようなノイズが
乗ってしまうと   0 1  1  0 0  0 0  1

これは10進法では「97」%です。

とするとエンジン制御コンピューター側では「97」%と受け取り、そのように大出力をセットするでしょう。(もちろん実際は、こんな単純な事は起こりません。概念の話です)

    参考:ARINC規格、エラーチェック

6.公的機関による規制
 航空機における規制としては、設計段階と運用段階があります。設計段階においては耐空性確保の為にいくつかのスペック(JIS,MIL,HIRFなど)があるようですが、電波暗室で航空機の機器を作動させて計測するなど、いずれもが「航空機自身に搭載の電子機器が、他の電子機器に影響を与えないか」の観点だけであり、「客室内に持ち込まれる電子機器がもたらす影響」については、何も触れられていません。

     参考:安全水準

 そこで、IATAが音頭をとって自主的に「使用させない。電源を切らせる。」措置を運用段階で行っている現状は皆さんご存じの通りです。

 日本においては、かの航空振興財団が97年より「調査」を開始している段階です。

 では、「持ち込まれる電子機器」への規制はどうかというと、国際的な元締めはIEC(国際電気標準会議)の下部機構であるCISPR(国際無線障害特別委員会)というところで検討されているようです。その検討結果に基づいて各国で様々な規格(規制)を行っています。米国にはFCC、日本ではVCCI(電波障害自主規制)などがありますが、おおざっぱに言って、「強い電磁ふく射を出さないように」設計しましょう、というものです。

    参考:規制の現状

 最近では複雑かつ、深刻な電磁波障害の現状をふまえて、いろんな電磁波と共存しよう、ということでEMC「Electro Magnetic Compatibility電気電磁的両立性」と呼ばれつつあるようです。

7.再現性に乏しいEMIとの闘い
 航空機におけるデジタル系障害が、なぜ再現性に乏しいかという明確な答えはまだありません。推測として「微弱な発生源」「デジタル信号に混じる為、同じ誤数値になりにくい」「発生したときと同じ状況を創りにくい」などが揚げられます。

 従って、我々乗員がとりうる最大限の措置は、発生した瞬間の機外機内の状況を記録する事ですが、かなりの制約を受けるでしょう。せめて、機内捜索を行い、使用されていた機器の特定、使用方法、使用場所を記録する必要があります。

 では防止策はどうでしょうか。「不要電磁波を受け付けない機体構造とする」「EMCの発想で共存性を確保する」「電磁波を持ち込ませない」の3点が考えられます。

測定限界以下の微弱な、しかも不連続突発的なパルス波をとらえることは、現時点では不可能です。となれば、機体内部のすべての配線をシールド付きのツイステッドペアにする方法が考えられますが、機体重量の増加と配線スペースを考えると設計からやり直す必要があります。

「共存する」方法としては、不要電磁波が紛れ込んだとしても一過性である特徴を利用する方法が考えられます。具体的にはデジタル機器のデータ処理を、ソフトウエア上で再確認させます。前述のスラストセッティングでいえば、「98%を送ったぞ」「本当に98%か」「確かに98%だ」というやりとりをコンピューター(機器)間で行わせるのです。これはハード的な改修は最小でしょう。但し、ソフトの改修として、処理時間の遅延が惹起されます。もっとも、人間である乗員の反応時間より長くなることはありえないでしょう。乗員の関知し得ない数ミリ秒のオーダーで機体状況を変える必要はないはずです。

「電磁波を持ち込ませない」方法はとりあえずの対応策です。しかし現在のところ不完全であることは、これまでの経験で分かっています。不完全である理由は、EMIが航空機に与える危険性と、ちゃちな電子おもちゃが、一般的には結びつかないからでしょう。事実、96年に日乗連(日本乗員組合連絡会議)が指摘するまで関係当局は、携帯電話は通話中のみ、電波を発射すると思っていましたし、普通の人はファービー人形にマイコンチップが入っているとは思わないからです。

従って追加策としては「機内ではすべての電子機器の使用禁止」「具体的にはすべての電池を(危険品同様)受託扱いとする」この措置を実効性あるものとするために「罰則の法制化」を働きかける、必要も出てくるでしょう。

この問題については、討論を経て、詰める必要があると思いますので、「継続」としたいと思います。

参考:

1.デジタルバス

 航空機のデジタル機器間は、デジタルバスで結ばれています。規格として、A300-600、B747-400まではARINC429でしたが、B777からはより高速のARINC629が採用されています。どちらにも共通しているのは、シリアル転送、アドレスとデータを組み合わせたWORD構成。それぞれの特徴は以下の通り。

100kbpsとはパソコン通信でいうならば、12.5k。
ISDNは64kなので512kbps。

 具体的なWORD構成は概略以下の通り

「相手先アドレス:発信元アドレス:データ:パリティ:NULL」

2.エラーチェック

1WORDのデータを送ったときと、受けたときでの同一性を確保するために、WORDの中に確認するための情報を盛り込む方法(PROTOCOL)

 例えば「00110001」を送るならば、BITの合計は奇数になるので、データの後に奇数を意味するパリティBIT「1」を付加して「001100011」とする。データにノイズが混じり「000100011」と受け取ればパリティBITは「0」でなければならないので、このデータを「エラー」と認識する手法。

 もう少し上位の方法では、データのBIT数の合計を付加して、再現性をもたせたものもある。

3.公式報告事例

国際

  91.5 MD80 着陸 自動着陸を実施中、早すぎる着陸姿勢となり、滑走路の右半分に、大きい降下率で接地。客室内で携帯電話の使用があった。

  92.6 MD11 巡航 航法コンピューターが誤作動し、パイロットの意思に反し、降下、異常な増速を行った。コンピューターを解除できなかった。乗客使用のDATプレイヤーのスイッチをOFFにしたところ、不具合は解消された。

  93.2 DC10 着陸 最終進入体制で、自動操縦装置が機体を大きく左に傾け、危険な状態に陥った。CDプレイヤーの影響が疑われている。

  94.9 B747-400 巡航 自動操縦装置が大きく高度を振幅させ、制御不能になった。乗客使用のワープロのスイッチをOFFにしたところ、不具合は解消した。

 以後調査中

国内

  96.8 A300-600 地上停留 デジタルカメラを使用したところ、油圧装置の不作動を示す警報が表示された。

  96.9 A320 巡航 2個のエンジンに火災が発生した、との警報が表示された。その後の飛行は支障無く、原因不明。乗客使用電子機器の影響が疑われている。

  97.1 B767 巡航 超短波航法用位置表示(VOR)が誤作動。乗客の荷物内にあった携帯電話のスイッチをOFFにしたところ不具合解消。

   99.2     __ 巡航 2~3秒間対気速度計のVmin表示が上昇し、巡航速度M.82を超過。

乗客がパソコン使用。

   99.2                         巡航 VHF通信に雑音。携帯電話のスイッチをOFFにしたところ解消。

   99.3        上昇中 離陸直後オートスロットルを所望のモードに入れられず。更に29000ftにLevel offした際に、オートパイロット、FMCの異常表示。電子機器の使用を控えるよう機内放送を行ったところ、すべて正常に。ゲーム機2台の使用確認。デジカメも使用の模様。

   99.9    上昇中_機体重量表示が最大離陸重量を超える重量を示した。ノートパソコンの使用が疑われる。

   99.9                        降下中 主脚のアンロック表示が1分程度点滅。状況不明。

   99.10                     巡航中_PFD,ND,EICASDisplayが2~3秒無表示。ノートパソコン使用有り、因果関係不明。

   99.11                     上昇中_VHFに雑音。携帯電話使用有り。電話の電源をOFFにしたところ解消。

   99.12                     上昇中_オートパイロットが突然解除。デジタルビデオカメラの使用を中止した後異常なし。

   00.01                  スポット_エンジン作動中にも関わらず「エンジン停止」表示。携帯電話の使用有り。

   00.01                        降下中_FMCの画面表示が勝手にスクロール。客室内にて電子機器の使用を控えてもらったところノーマルに戻った。使用されていた機器は、ゲーム機、たまごっち、CDプレーヤー、携帯通信端末(時計型)。

4.耐空性に関わる安全水準等

 耐空性審査要領6-7-1電子装備品(臨界環境状態に対する考慮)

 FAR25.581「機体構造全般の避雷対策」

 FAR25.594「燃料系統の避雷対策」

 JISW-0812「航空機・搭載機器、環境条件および試験手順」

            搭載機器にたいし、種々の耐衝撃性などを規定しているが、EMI関連としては「無線周波数妨害感受性試験」として電界強度5ないし200V/mの耐性と、漏洩については100mV/m以下を要求している。

             5V/mの電界強度というのはとてつもなく強力な電波にさらされている状態で、簡単に言えば50KWで出力している東京タワーの直下で計測されるような強度です。

5.航空関係の経緯

 85年IEEE(国際電気標準学会)にて、微小漏洩電磁波が、電子機器に与える影響についてとりあげる。

 88年RTCA(米国航空無線技術委員会)が報告書のなかで、「航空会社は電磁波干渉の疑いのある不具合現象を報告する」との勧告を行う。

 90年頃より、電磁波干渉による航空機のシステムの誤作動例が集まり出す。

 93年4月IATA(国際航空運送協会)技術委員会が「ビデオゲーム、CDプレイヤー、ラップトップコンピューター等の電子機器の離着陸時の使用禁止」を勧告

 96年航空振興財団が影響調査を開始。

 97年運輸省航空局通達(機内における電子機器の使用)発行

 99年航空振興財団(EMI発見のための)「電磁波検出器の調査開発」報告

6.規制の現状

 一般

   欧州:電磁波を出さない、影響を受けない規制「CE」マーク

   米国:電磁波を出さない規制「FCC」マーク

   日本:電磁波を出していない業界自主規制「VCCI」1種2種

 航空

   IATA:上記記述内容の「離着陸時の使用禁止」勧告

   日本:航空会社により多少の相違があるが大意以下の通り

常時使用禁止「明らかに電波を発射する機器」

離着陸時使用禁止「IATA基準に準拠」

常時使用可能「一定の基準を満たした医療用機器、腕時計など」

具体的な機種については「常時使用禁止」機器を除き、各社で指定。

7.公的機関による不要電波放射規制

参考文献:「電磁波障害」産業図書刊 長谷川、杉浦、岡村、黒沼共著

航空振興財団「航空機内で使用する電子機器の電磁波検出器の調査開発」報告書

「エレクトロニクス ‘99/10」オーム社刊

航空技術#484「B777の技術解説」、

安全会議メモ「B777 型式証明付与を可能とする耐空性審査要領中の特別(追加)要件」(95-09-26)

 など