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日本航空機長組合 – Japan Airlines Captain Association日本航空機長組合 – Japan Airlines Captain Association

2001/09/30
私は,広島大学附属病院講師のHNと申します.
9月27日広島発羽田行き,貴社JAL172便に妻と子供(3歳と1歳)と共に搭乗した時の出来事です.
最初は,子供にとおもちゃを差し出してもらったのですが,他社ではすくなくとも『どれかお好きなものをお選びください』あるいは,もっと親切な客室乗務員の方は子供に向かって『どれがいいかなぁ』など話しかけてくれます.
しかし,当機のXさんという客室乗務員は全くもって無言で『どうぞ』の一言もありませんでした.
これだけではなく,1歳の子供がぐずったりするので,一度は上に上げた荷物を降ろしてジュースを飲ませたりする必要があるのですが,いかにも迷惑そうに『ここは安全路になるので手に持っておいてください』と再三注意を受けました.特に子供自身は危ないなどの意識がなく,自分がいやであれば親の手をすり抜けて床に降りようとします.親は普通,無理矢理子供を羽交い締めするのではなく,いったん床に降ろして抱き直そうとします.ただ,このような時にも床に子供を降ろすや否やに『危険ですので子供をしかっり抱いておいてください』ときつい口調で注意を受け,妻が苦労しているのを手助けしようと持っていた荷物を床におくと『先ほど荷物は持っておいてくださいと申し上げたでしょ』と矢継ぎ早に注意される状態でした.
アメリカの航空会社では,離陸前に安全通路になる場合には事前に説明があり,特にそれに伴う義務などについても平易な言葉で十分な説明があります.
十分な説明はない上に,まるで迷惑扱いされるような客室乗務員の態度は非常に許し難いことと思えます.特に,子供は健常者であっても,乳幼児の場合ある種のハンディキャップを負っているものと同じと思います.
したがって,今回の客室乗務員のXさんの対応には非常に憤りを覚えており,貴社に対して謝罪をお願いしたく筆を執りました.
最後に,他の客室乗務員の方々は非常に優しく,またいわゆるホスピタリティに満ちた接客であり,この場を借りて御礼申し上げます.

                                   HNさん
 

この度は当社便にご搭乗いただいた際に客室乗務員の対応に大変不手際がありましたこと、同じ社員といたしましてお詫び申し上げます。
ご指摘の内容は同じ子供を持つ親としても十分理解できるものです。ただ、 私ども機長組合といたしまして、Nさまのご指摘に対応する方策がありません。
ご投稿の内容を当社の苦情処理係りに転送することはできますが、その後の対応をフォローすることもできません。
したがいまして、お手数とは思いますが当社の係りに直接、申立てていただくことが、もっとも責任持った対応が可能になるかと思います。
窓口としたしましては
JALご意見ダイヤル
0120-258600
がよろしいのではないでしょうか。
お役に立てませず申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

2001/09/28
パイロットの方々に質問です。第一種航空身体検査を受けるにあたって気をつけること、対策していることなどありましたら教えてください。私は、来週の土曜日に航空大学校の航空身体検査を受けます。

                                    KTさん

それぞれ気になる項目があるものですが、例えば高血圧の人の場合食生活に気をつけるとか、視力が気になる人はブルーベリーなどののサプリメントを補給したり、山椒が効くとか、肝機能が気になる人はお酒を控えたりしているようです。
まだお若いと思いますので、あまりあてはまらないかもしれませんね。
いずれにせよリラックスされて風邪などひきませぬよう体調を整えて検査に臨んでください。合格されますことお祈りしております。
 
2001/09/26

9月26日、ブリスベン発東京行き762便のG機長様

 スチュワーデス(たしかKさんという名札をつけた)にお願いした座席変更の希望が不調だったことから、機長様のサイン入りの赤道通過の証明と機長様の信念を記したメモを頂きました。このような危険な世界情勢の中で、日々特に気をおつかいになる機長としての大きな責任を負っておられる中で、私のような一個人のワガママが受け入れられなかったような細かいことにまで気をつかって頂き、誠にありがとうございました。感激しております。ずいぶん以前から計画した私たち夫婦の大切な記念のオーストラリア旅行の最後の素晴らしいプレゼントとなりました。大切な記念品とさせて頂きます。
 ジャンボ機のコクピットの複雑な機器を使いこなして大きな機体を操る機長には畏敬の念を抱いております私にとりまして、G機長様のサインはほんとうに貴重なもので、何よりの宝物になります。
 危険を孕んだ世の中になっています。どうか今後ともご無事で飛行を続けられますことを祈ります。また乗せていただける日が来ることを念じております。

追伸:もし機会があれば当日のスチュワーデスのK様?にも感謝の念をお伝え頂ければ幸いです。

                                                                         ATさん

ご投稿ありがとうございます。当該機長にメールの内容は送らせていただきます。
2001/09/20
先日、送付依頼をしていた「日乗連・安全会議作成プレゼンテーションCD-ROM」が届き早速拝見しましたが、全て見終わった後何とも言えぬ不安感がありました。
何故事実を湾曲してまでも、報告書を出さなければならなかったのか?
日本はいつまでたっても航空後進国なのだなと改めて思いました。
あえてこの場では役人に対してどうのこうのは言いませんが、123便のような事故を二度と起こしたくないと本気で願うなら、大規模な組織改革をしなくてはいけないと思うと同時に、何としても実施してもらいたいです。
私を含め一般人に何ができるかはわかりませんが、微力ながらこうして機長組合の運動に賛同して盛り上げていきたいと思いました。

最後に、私は情報処理のSEをしており時々プレゼンに出席していますが、拝見したプレゼンのあまりの出来のよさに驚きました。
今後もご活躍を期待しております。

                                                                        AMさん

 
いつもご投稿ありがとうございます。

事故調査の問題については、長年取組んでおりますが今後とも利用者・国民の方々とともに取組んでまいりたいと思います。その一環として今回のCD-ROM配布が大変御好評いただけたことは担当者としても嬉しいかぎりです。
また身に余るご賞賛のお言葉いただき、これはCD-ROMの作成者にも伝えさせていただきます。

 
2001/09/16
操縦室への立ち入りと機内警備について

アメリカで想像を絶する、恐ろしい事件が起こってしまいました。
犯人自身は自分の命を捨てないという前提で、ハイジャックに対する様々な対策が取られていたとおもいますが、それらを覆した今回の事件は大変ショックなものです。乗客としても大変不安を感じますし、飛行機上が職場の方々の不安も大きいのではないでしょうか。
テロ活動を目的としたハイジャックとその対策についての意見として述べさせていただきます。

今回の事件で、テロ活動を阻止するために警備が強化されると思います。
しかしながら、テロは数人で行う事が可能であるし、どんな形にせよ、操縦室を乗っ取る事ができれば、今回のような自爆テロが可能です。
凶器になる物を持ち込ませない、機内で使わないという対策をとってもどこかですり抜けたり、何もなくても素手で凶行を行うことも
決してないとも言えません。
それらの対策として、操縦室に犯人を決して入れないということに尽きると思います。アメリカの航空機は数年前から乗客が飛行中の操縦室への立ち入りを禁止されていると聞いていますし、日本でも全日空機の乗っ取り及び機長殺害事件以降、操縦室への立ち入りが制限されていると聞いております。これは改めて重要な事であると考えられます。
しかし、今回の事件はこれだけでは不十分であることが証明されてしまいました。
ハイジャックされた4機のうち、全てかどうかは分かりませんが、少なくとも3機の飛行機の操縦室にテロリストが乗り込んで、操縦をしていた模様です。
これは大変な驚きで、操縦室への立ち入りを厳しくしていたはずの米国機の操縦室が、たやすく乗っ取られていることになります。客席乗務員や乗客の命と引き替えに操縦室を明け渡したとの報道がなされております。今回のような自爆テロを想定に入れていなかったでしょうから、やむを得ないとも思いますが、今後は、何があっても操縦室を譲らず、飛行上の安全確保に於いての責任の明確化をすべきだと思います。

その一方で、欠けている事は、客室の安全を誰が確保するかと言うことですが、私は、保安員を別に置き、客室内の保安責任を持つべきだと思います。
(米国機には配置されているはずでしたが、国内線は対象外だったのかは?です)
大変なコスト競争を強いられている航空会社の努力に、さらなるコスト要因が付加される事となりますが、国の援助も含めて検討すべきことでは無いかと思います。

私は、飛行機に乗るときは、今でも毎回飛ぶたびに変わる雲の形、空の色、そして街の様子などを眺めることが楽しみですし、どんな天候でも確実に目的地に導いて頂ける乗務員の皆様の事を信頼しております。その信頼も乗務員の方の安全に対する努力の成果だと思っております。そんな努力と無関係に、安全が脅かされるとことは、大変に残念に思います。

今後は、警備の強化等で不便を強いられる事も多いかと思いますが、私が出来ることは、そのことに対して理解し、協力する事しかありませんので、是非とも十分な安全対策へのご検討をよろしくお願いいたします。

TAさん
 

貴重なご意見として承らせていただきます。
2001/09/16
8月28日関空発ロス行き、9月4日ロス発関空着のエコノミーを利用しました。
機長さんからキャビンアテンドに至るまで多くの方々の継続した安全運行、サービスには感謝しています。特に帰りの中国人と思われるスチワーデスさんは元気がよく、すがすがしいものであったと今も思います。
困り事は、行きの座席のコントローラーがはずれなかったことと、トイレです。何とか横の方に立ってもらわず行けるようになれば・・。なかなか通路側はとれないので。帰りは、一度も行かずでした。
また、食事中のリクライニングを戻すことは、常識かとは思いますが、そうでない方も多く、表示や放送をしていただくのが良いと思います。いちいちスチワーデスさんが注意をしていますが、案内があればこのあたりはスムーズに行くように思います。
東京大阪をスーパーシートで頻繁に利用する私としてはつらいものがありました。しかし、スーパーシートと違ってCクラスは高すぎるので。せめて座席だけ広いクラスを作ってもらえばありがたい。特に高齢化の方向で、海外に行く層も高齢化すればそんなサービスは受けそうな気がします。私は腰痛持ちで余計です。内容が内容で省略すべきはして公開してもらえばありがたいです。

                                                                           Hさん

私ども機長組合としても旅客の健康や快適性については無視できない問題ではありますがなかなか取組めない範囲であります。
しかし日航内で私どもと共に頑張っている客室乗務員で組織する日本航空客乗組合では大きな問題として取り組みをすすめています。この内容は客乗組合の方に紹介させていただきます。

なお客乗組合のHPは
http://www.bekkoame.ne.jp/~jcau
です。

 
2002/09/12
昨日CDが到着しました。早速拝見し、日本航空機長組合殿の言いたいことが良くわかりました。空の安全を願う者の1人として署名でも何でも協力しますので、是非活動がんばって下さい。
航空機事故のニュースで、事故調の名前はよく耳にします。
しかし、一般市民はさぞかしすばらしい技術で調査するのだろうと思っているかもしれません。実態はやはり日本のお役所ですね。
がっかりしました。
宮崎の事故例はとてもよくわかりました。論理的に調査することが
真の対策に結び付くわけですからね。

私個人的にも事故調には1つ大きな疑問があります。
私は軽飛行機も好きで時々乗せてもらったりします。そのこともあって、 軽飛行機の事故にも敏感です。ところが、事故扱いになったり
ならなかったりしているようです。これはどういうことか未だわかりません。
同じ様な事故を起こさない為には、どんな事例でもファイルするのが
本来の目的だと思うのですが・・!!不思議ですね。金でも積んで
いるのかなあ??とさえ思えてきます。

米国マンハッタンのショッキングなニュースにはびっくりしました。
飛行機があんな使われ方をされるとは、残念でなりません。
機長さんたちはもっと悔しい思いをされていることでしょう。

仕事でもバンコク、マニラ、シンガポール等にたまに行きます。
またJALに乗りますので、よろしくお願いします!!

                                    INさん

  ご丁寧なお返事ありがとうございます。

また空でお会いできる日を楽しみにしております。

 
2001/09/10
9月10日の16時頃、羽田空港では南東の強風が吹いていましたが、なぜか横風用滑走路に着陸したそうです。なぜ北側から進入できなかったのでしょうか?

                                    KKさん

  当時の状況は分りませんが南東というと090~180°からの風ですね。
羽田の滑走路は160/340°の方向の滑走路2本と040/220°の横風用滑走路があります。
そのうちILSが装備され視程や雲高が低い時に使えるのは340°方向と220°方向の滑走路になります。
向い風の滑走路を使用するのは原則ですが、その時の気象条件により多少横風・追い風となっても最低気象条件の低い(気象条件が悪くても着陸の可能性が高い)滑走路を使用することは間々あることです。
2001/09/04
僕はエアラインパイロットになりたいのですが、友人から学歴がないとダメだといわれました。やっぱり有名な大学を出てないとパイロットは難しいでしょうか。日本航空機長組合の方々はどんな大学を出ているんでしょうか。こんな質問ですいませんが、ほかに聞けるような所もないのでお願いします。

                                    HKさん

ご質問をお受けして回りの機長に尋ねたところ、当時の採用条件もあり、航空大学校出身以外の者は、皆、国立・私立大学中退などで世間でいう高学歴の者はおりませんでした。(勿論、高学歴の機長も社内にはおりますが)
現在の採用条件については会社ホームページ等をご覧戴くとして、「どんな大学を出ているか」はあまり問題でなく身体条件その他をクリアーした上で一定の学力・飛行適正その他の要件を満たすこと
が必要と考えます。
逆にどんなにパイロットになりたくて高学歴でも身体条件をクリアーできない方もたくさんいます。
いずれにせよ条件さえ整えば夢をかけてトライしてみるというのはいかがでしょうか。
2001/08/30
JALの国際線が全面禁煙になってしばらく経ちましたが、ニュースでは時々機内での喫煙による発着の遅れなどが報じられています。実際に飛行機の運行責任者である機長としては、機内での(違反)喫煙者に対してどのような対応をするのか教えていただけませんか?また、全面禁煙にするにあたり機長組合として会社側と交渉したことがあれば教えていただけませんか?
私はタバコを吸いますのでアメリカ、ヨーロッパなどの10時間以上にも及ぶフライトでの禁煙は大変です。何か10時間以上禁煙となる機内で楽しく過ごす方法はないですかね?

                                   KIさん

まず客室乗務員による警告がなされます。必要と判断された場合は機長自らアナウンスによる警告を行います。その内容は「場合によっては引き返しや最寄空港への着陸を行う」ことを含むものとなっています。
また注意や警告に従うことなく喫煙を続ける旅客に対しては”警告書”を発行し、以後の当社便の搭乗を拒否することとなっています。

この問題に対して機長組合は交渉を行った経緯はありません。
組合にも喫煙愛好者がおりますので尋ねたところ、「口寂しさを和らげるためにいろいろ食していたら今度は大変肥ってしまった。」とのことでした。難しい問題ですね。

2001/08/29
サイト全体の文体が、どうにも古色蒼然としているように思えます。
安保闘争や学園紛争で見かけたような、語調がどうにも気になります。
読んだとたんに、炭鉱騒動を思い出しました。

機長といえば、かなりのインテリゲンチャというイメージがありましたが、このページを見ると、「少なくとも紳士ではないな」という印象を受けました。

書かれている内容が、至極もっともなだけに、惜しまれます。

                                   TKさん
ご指摘を踏まえまして改善いたしていきたく存じます。
「紳士」でないことは認めるところではございますが・・・。
 

2001/08/27
はじめまして。
私は今までにJALを使ったことがありません。
それより飛行機が怖くてあまり乗ったことがありません。
その理由としては、やはりJAL123便の事故が一番の原因だと思います。
ところで、123便の疑惑についてはどうなってしまったのかと思っています。
私も123便の本とかHPとか色々と拝見してますがどうも何かを隠してるように思えるのですが・・・
もし事故原因が他にあるのではないか?と考えるとJALに乗る気にはなれません。
実際、7月に沖縄に旅行に行きましたが行きはJAS、帰りはANAを利用させていただきました。
日本の航空機は123便の事故以来、大きな事故は起こしていないようですがこれから先も安心して利用しても大丈夫なのでしょうか?
私は、JAL以外の航空会社は信用しているのですがJALに関しては123便の疑惑がある以上どうしても信用ができません。
このHPでも123便の疑惑みたいなことは出てますが、本当に真実を探ろうとしてるのかは疑問です。
疑惑がないならないとハッキリとしてもらわないと、安心して飛行機に乗ることができません。

                                   Kさん

123便事故につきましては、事故調査委員会の最終報告を含め
私達も疑問をもつものであり、再調査を申し入れておりますが、
事故調査委員会は頑なにそれを拒否しております。
 

2001/08/17
1つ質問があります。 これから台風シーズンで航空会社、乗客も定時運行にアセリをもつことだと思います。
私も9月上旬に海外にいくのですが。
一般的に空港を台風が直撃してしまうともう、飛べないというのは分かります。

で、、上空。。台風の上を飛ぶというのもあると思います。
台風の上空というのは、問題なく飛べるのでしょうか。
まあ、上空は一般的に静かだと思うのですが。。
それとも、上空といっても台風真上は飛べたとしても上昇気流などによりグラグラなのでしょうか。。

                                   MAさん

航路上に台風があった場合、取り巻く雲も非常に活発で、雲の高さも巡航高度以上あります。
したがって揺れなど影響を考慮し、ルートを変え飛行計画を立てます。 もしそれが不可能であれば、通過を待つなどして安全なルートを確保した上で運航します。
 

2001/08/03
日本航空が使用した航空機の部品を
全日空がまた使用したと聞いたのですが、
それは本当ですか?

                                    NAさん

具体的な事実関係はご指摘の内容だけでは確認できませんでした。
ただ一般的に航空会社間で部品・装備品の貸し借り(ローンパーツ)というのはあることで、海外出先などで他の航空会社から借り受け、基地に戻った後、自社部品と取り替え、借りたものはお返しするということは行われています。
もちろん認可を受けた整備規程に基づいた処置としてです。
2001/8/1
7月17日104便の遅れに対する機内案内の件は、届いていますでしょうか?私の見方が悪いのか、新しい投稿が公開されていないように思えます。URLが間違っていますか、ホームページTOPから一般のページにとんだところが投稿の公開分掲載ぺーじですね?

                              Hさん

ご安心ください。ただ公開については「しなくてもいい」とのお話でしたので保留していました。
2001/8/1
8月末にロス経由でラスベガス(ロスまではJAL)に行きますが、団体ではないですが、包括運賃エコノミーです。それで、当日もしCクラスに空席あれば、追加料金で搭乗はできなのでしょうか?この掲示板で聞くのはおかしいかもしれませんが。正規片道運賃で購入するしかないのでしょうか?国内スーパーシートには追加で可能ですが海外Cクラスはそれに近い扱いはないでしょうか?

                               Hさん

この質問に答えられるものが機長組合にはいません。
予約業務にお問い合わせください。
2001/7/26
7月17日伊丹発12時55分でしたが、スポットを離れてから、停止、整備関係者がよってきてかなりの時間点検をして、その出発。多分15分くらい遅れたでしょうか?その際には、なんらアナウンスがなく、窓から見ていても不安な感じはしました。やはり、何かコメントがあった方が良くないでしょうか?管制官とのやりとりなどあったのでしょう・・とは思いますが。公開はしない方が良いならっしないでよいですよ。

                                                                  Hさん

そのときの状況について詳細はわかりませんが、整備士とのやりとりや管制官との交信などかなりコックピット内は忙しい状況が察せられます。
ご指摘のとおり機長としては、できるだけお客様に不安を抱かせぬよう運航することは重要ではありますが、短距離国内線であればその時間的余裕がない場合もございます。
いずれにせよ、ご指摘については承りました。
2001/7/18
息子からの口コミで、urlを知りました。
航空事故調査委員会と海難審判の理事構成を比べて見ては如何でしょうか?
海難審判の理事は確か船長を永く経験した方ばかりと認識しています。
海上は平面ですが、増減速惰力や回頭惰力を実際に経験した人ばかりでしょう。
それに、航空事故関係では、上昇・下降惰力が加わり、しかも、スロットル操作が加わりますね。
 最後の責任は艦艇長が取る。だから、回避の最終判断は艦艇長に委ねられる。
おたくのマニュアルだって、そうなっているでしょう。
 ある程度のところ迄は、管制に従うが、最後は機長の判断に委ねられるべきです。

 航空工学の教授や役人で構成される航空事故調査委員会の構成に問題ありです。
  YYさん

ご投稿ありがとうございます。
以下安全担当委員よりお答えします。

YY様
ご意見ありがとうございました。
まさにY様がご指摘なさっている点が、航空事故調査委員会の問題点として顕在化しています。

海難審判に関しては詳しくは存じませんでしたが、「理事は船長経験者のベテラン」と伺い、「長年航海の実務を経験された方」であるからこそ正しい調査が行えるのだろうと思います。
航空事故調査委員会は、今年から5人の委員のうち1人が機長経験者となりましたが、いかんせん実務を行う「調査官」にはエアラインの運航を経験した方は一人も居りません。
管制・機体構造・気象・整備などの経験者と、せいぜい中型機までの経験者ですが、エアラインの運航の特性(定時性・乗客への利便性・運航効率などの精神的プレッシャーと、時差・月間スケジュールの偏り・蓄積疲労などの影響、及び大型機の飛行特性)を熟知していない方々による調査では、どうしても表面的になることは否めないと感じています。
加えて、事故調査には特別の「勘」と「技術」それに「探究心」と「想像力」が必要だと言われていますが、平均任期が3年程度である日本の調査官にこれらの能力の醸成を期待することは酷といえるでしょう。
私も英国で事故調査の専門コースを習得しましたが、事故調査の先進国と言われる英国では、事故調査に20年30年と関わっておられる方がたくさん居り、「救命性を極大にする」ことが最大の調査目的だといわれているようです。

1月31日のニアミスに関しては、Yさんのおっしゃる「最後の責任は艦艇長が取る。だから、回避の最終判断は艦艇長に委ねられる」とのご指摘は、航空会社の最高規定であるOperations Manualにも「機長は航空機の運航と安全に対し、最終責任を有する」と、その精神が謳われています。
航空管制は「航空機の周囲の決められた空間を、障害物のない状態に保つ」事が目的ですので、一旦「障害物からの距離」が最低値を下回ってしまい機長が緊急回避の必要性を感じた場合は、「安全性の最終責任」により「機長の判断」で回避操作を行うことが求められます。
そのような事態が発生した場合は、各機長それぞれが最善と判断した方法で飛行することになり、「最悪の事態(空中衝突)を回避できた」ならばその判断は正解であったということになるはずです。
機体の急激な回避運動によって生じた損害を、後から云々することは問題があると思います。

もう一つの問題点は、「航空事故調査報告書は、最終的には事務局長が文章の推敲を行う」という点です。
以下に、「航空事故調査委員会20年のあゆみ」から、元事務局長の回想を引用します。

********

『‥‥事務屋の私は、技術面のさわりは調査官の眼識に委ねて、それが一般公表される際に公衆に更によく理解されるようにと修文に心を砕き、これは私の独壇場だった。いわば高級添削マンが私の存在理由だったかなと思う。』

********
このように、実質的に最終報告書の作成が事務局で行われる事は、事故調査委員会の活動が国土交通省から派遣された事務局職員の意向を強く受けているということに外なりません。

事故調査は、調査に関する専門技術と実運航の知識を身につけた航空の専門家によって行われるべきものと考えます。

Yさんからのアドバイスに従い、今後は海難審判庁の実態も研究していきたいと思います。

貴重なご指摘に感謝いたします。
2001/7/11
今日は、初めて投稿させて戴きます。
Pilot Certを持つ者ですが、懇意にしていただいている貴社F/E
の方とお会いして、最近話題に上るのはship の squawkや,
外注に起因すると考えられるmaintenanceの不備、そしてEMIに
よるship abnormal opeのお話ばかりです。
貴社乗員組合のHPを拝見を拝見致しましても、同一a/cが日を於かずに殆ど same systemにおいてsquawkを発生し、しかも可成りのpercentageでC/O処置が採られていることに大変不安を感じます。安価な海外委託maintenanceは貴社maintenance staff “stuff”の skillや motivation の低下に繋がり、ひいてはserious accident を発生させるのではないかと危惧いたしております。
また、EMIに対するcabinでのpaxへの消極的なguidanceに反し、
変に充実される pax amusement facilities は,EMIの発生源を自ら作っておられるように感じます。
また、2月に発生しました、907便、958便の異常接近に関しても、
TCAS やATCおよびcrew coordination に関心が集中しがちですが、普段ATCをmonitorさせて戴いておりましたも、ATCの音質が非常に悪いように感じられます。安全のためnoise reductionのために、先の pax amusementfacilities への投資が priority で行われるようにお願い致します。

                                   TIさん

貴重なご意見ありがとうございました。
なお当組合のHPではみなさまとのコミュニケーションを図り、
ご理解・ご支援いただくためメールマガジン★機長組合ニュース★
を発行いたしております。どうぞご登録ください。
2001/7/11
123便の事故(事件)に関しては、疑惑が多すぎる。再度、国会で関係者の証人喚問を要求すべきと考える。
その直後の、日本のバブル経済(プラザ合意)と、その崩壊との関係が多くのところで囁かれている。
当時の総理大臣、中曽根康弘氏、米軍の救助ヘリの乗務員、生存者、事故調査委員、目撃者等に喚問すべき。
国民の大多数は事故だとは思っていない。ボイスレコーダの隠匿等、明らかに証拠隠滅の工作が見られる。
これは明確な国家的反逆行為である。明確に出来なければ日航は永遠に暗雲の中を飛行し続けることになるであろう。先ほどのニアミス事故などは亡くなられた520余名の霊によるものとも思うが。
                                   Aさん

ご投稿ありがとうございます。
2001/7/7
初めて投稿させていただきます。
とあるきっかけで貴組合のホームページを拝見させて頂きました。
我々、一般人の感覚とは本当に無責任なもので、先般のニアミス報道以来、最近ではほとんど、この件がマスコミ等で報道されることもなくなったように思えます。
確か、当時の報道でB747機の機長さんが私と、同級のご年齢だったとのこともあり部外者ながら今後のパイロットとしての処遇にマイナスがなければいいなあと思った記憶があります。もし、私の家族があの双方の飛行機のどちらに乗っていたとしても「あなたのおかげで、無事に家族との再会ができました。本当にありがとう。」と
お礼を申し上げなければならないでしょう。(おけがをされた乗客、乗員の方々には一日も早い全快をお祈りします。)機長さんの一日も早い復帰を期待します。
私は、他の投稿者の皆様と違って、航空関係の専門的なことはわかりませんが、知人の話では、機長さんは資格をとられてからもなお、6ヶ月ごとにさまざまな試験があって、それに落ちると乗務につけなくなると聞いたことがあります。(正確な情報でなければ訂正下さい。)あの、司法試験を通って法曹界で活躍されている方々でさえ、そんなことは聞いたことがありません。おそらく、機長さんの仕事は、資格を保持するのに最も努力のいるお仕事なのかもしれませんね。
さまざまなプレッシャーや我々の想像を絶する環境のなかで、安全を第一に努力されている皆様に改めてエールを送らせていただきます。
文字通り日本を代表する航空会社として、あらゆる面で世界に誇れるJAL創りを
期待しています。

                                  KYさん

ご投稿ありがとうございます。
大変心温まるお言葉の数々、ありがとうございます。
ご指摘のように機長として乗務するためには、6ヶ月毎の技量審査と身体検査があり、これに合格しなければ資格を失い乗務できません。機長の資格は6ケ月間の期間限定と言えます。
身体検査上の問題、事故後の乗務離脱などによって審査を受けられないあるいは審査不合格といった場合に資格を失いますがその後、再度、機長の資格要件を整えるのには大変な労力を必要とします。
特に、事故後の乗務離脱においては、事故調査中という理由で乗務離脱期間が長期化して、資格喪失となる例が散見され、組合としても早期乗務復帰を求めて取組んでいます。

私たち機長組合は、設立宣言にもある通り機長の社会的責任を自覚し、日本航空の絶対安全を目指して、整備の問題や長時間乗務の改善等をはじめ、経営施策全般に対してもチェック機能を果たすべく活動しています。

2001/7/4
お返事ありがとうございました。
本日、メールマガジンを受信いたしまして、(恐らく)私の投稿に関して記述されており、このような形でお役に立てたこと、うれしく思っております。
-400での乗務とのこと、SFO等でのシングル乗務などの問題に直面していらっしゃることでしょう。お体にご慈愛なさって下さい。
今日は、アメリカで独立記念日、シアトルでは花火があります。
バンクーバーでもテレビで花火鑑賞ができますんで、楽しませていただきます。
今月末にはイベント盛りだくさんのYVRから、失礼いたします。

                                   TIさん

最終的な結末についてお知らせします。
会社は全面的に非を認め、即刻、掲載削除の上、当該機長に謝罪、組合にも文書をもって謝罪しました。
今回の一件で会社が受け止めたことは、機長組合の主張をご理解の上、支援してくださる方のご一報により事実が発覚したということです。
これは今後の機長の実名報道のあり方について大きな力となるものと考えます。
重ねましてありがとうございました。
2001/7/4
メールマガジンを頂いてJAL907便関連の事故調の中間報告・建議が出たことを知り、早速事故調のHPの勧告・建議
http://www.motnet.go.jp/aaic/kankoku/index.html
を見てみました。実に簡素な建議ですね。このページに出てる以外になにか詳細な付属資料でもあるのでしょうか。もしこれだけだったら、第一回目のパイロットと管制官の事情聴取結果で、事故後1週間後でも出せると思います。あれから半年もたってるのにTCASのRAが出たらどうすべきかも事故調自ら調査しないで、誰かに調査してくれと言っている。全く怠慢だと思います。こんな役立たずの事故調は解散させて、事故調に費やしている予算をアメリカのNTSBに払って、調査委託したほうが税金の有効利用というものです。

                                 HUさん

経過報告の方に多少の資料が付属されています。
今後、事故調査の問題点についてはみなさまと論議を深めてまいりたいと思います。
メールマガジンでご紹介する予定ですが、日乗連・安全会議作成の事故調査に関するプレゼンテーションCD-ROMを希望者の方に送付させていただくことを現在、準備中です。

是非、お申し込みの上、ご覧下さい。
2001/7/4
6月21日付けの「JALニアミス事故における日乗連メモ 」を読ませて頂きました。おっしゃっている趣旨はまさにその通りだと思います。ただ、貴重な情報ソースである政府(国土交通省?)やスポンサー至上主義のメディア(NHK・朝日・毎日・読売・日経・産経系の新聞・TVの報道会社等)は立場上、貴組合を悪者に仕上げる必要があるので、結果的にあのような報道をすることになると思います。

 そこで提案ですが、小泉内閣でもそうですが、既存メディア・システムを変革するのは大変な困難が伴いますので、一般国民に直接より分かりやすいメッセージを流し彼らの理解・支持を得るようにされたら如何でしょうか。
 具体的に言いますと、テキスト形式の文書ではおつむのレベルの低いメディアの記者や記事の承認権限を持っている部長連中は短時間に理解できずネガティプなコメントになってしまうと思います。そこで先ず、イラスト、スプレッドシート、海外の事例等も入れ分かりやすい文書で、それをテレビや新聞等でそのまま利用してもらえるようにすればメディア対策は出来ると思います。さらに資料を補強するために添付テキストを利用してもらえれば良いと思います。
 またホームページも同様にすることにより一般国民の理解・支持が得られると思います。また、YahooやGoogle等の検索エンジンに貴組合が日本航空の次に並ぶよう頼んでみては如何でしょうか。そうすれば一般人は日本航空と同組合の主張を簡単に比較できるようになると思います。
 日本航空・政府・メディア・一般国民は、無知ゆえに外国製の機器に絶大な信頼を寄せているようですが、労働流動性が高い国々では開発技術者やプロジェクトマネージャーが次から次に変わってしまい責任ある仕事が出来ていないこと、担当者の責任感覚が日本人のそれと違うことを日々航空機をご利用になっている皆さんが一番良くお分かりだと思います。ビジネス感覚も必要だと思いますが乗員・乗客の生命も大切なのでこの辺を上手に分かりやすく説明して頂ければベストだと思います。期待してますので頑張って下さい。

                                   GSさん

ご指摘の点、承りました。
 

ありがとうございます。検索エンジンにつきましては、907便事故の際に注目を集めたせいか会社よりも先に組合のHPが出てくるところもあるようです。それぞれの検索エンジンがどのような基準で並べているのかは調べてみる必要がありそうです。
2001/7/4
よくポストカードなどで大型旅客機が飛行してる所を
写真にとったりしていますが、あれはどのようにして
撮影してるんですか?

                                   NAさん

プロモーションビデオなどもそうですが
当社の訓練所等で実機を飛行させ、小型ジェット機
にカメラマンが搭乗して撮影するようです。

意図せざる動きアンケート報告46意図せざる動きアンケート報告46

EICAS MESSAGEの異常 巡航中に、EICASのFUEL TOTALIZER INDICATIONが“0”の表示になった。 客室室内のチェックを行ってもらったところ、ファーストクラスの乗客がノートパソコンを使用中であり、電源を切ってもらったところNORMAL表示に戻った。 747-400 COPILOT (組合注) 皆様から寄せられたアンケートの分析の結果、電子機器の種類と使用場所(座席位置)が重要なファクターとなっている可能性が考えられます。 異常を経験されたときは、出来うる限り使用場所と機種をチェックしていただくようお願いいたします。 機長組合では、EMIが疑われるケースを、出来るだけ多く集めたいと努力しております。PWR LEVERに限らず、異常な経験及びEMIに関する情報も含めて、機長組合までお知らせください。E-Mailでも結構です。

実録 「沈まぬ太陽」アフリカ編実録 「沈まぬ太陽」アフリカ編

小説「沈まぬ太陽」のモデルとなった、日航労組元委員長 小倉寛太郎氏の海外辺地たらい回し人事の経緯を、吉原公一郎著「墜落」(大和書房)より抜粋させていただき、ご紹介します。 小倉寛太郎氏 日本航空の労働組合、いわゆる第一組合と呼ばれる労組は、1951年11月に結成された日本航空労働組合(日航労組)と、日航労組から1954年9月に分離・独立した日本航空乗員組合、日本航空整備株式会社の従業員で組織された日本航空整備労働組合(日整労組)であった。(この日整労組は63年10月の日航・日整の合併後、会社の行った分裂工作によって少数組合となり、同じく分裂させられた日航労組と66年8月に統一することになる) 日航内で自立した労働組合運動がはじめて成立するのは、1961年に小倉執行部(日航労組)が誕生してからである。では、それ以前の日航労組と会社側との関係はどうであったのか。 ?@ 組合の三役人事は、前執行部があらかじめ会社側と相談して決め、たとえば1960年度の吉高執行委員長は61年度の三役人事を小倉委員長、亀川副委員長、相馬書記長とすることを新町人事部長の諒解をとりつけた上で小倉氏に立候補を説得している。このように、執行部人事にあらかじめ会社が介入するやり方は、組合結成以来つづいていた。 ?A 組合三役の言動は会社の労務担当者がこれを演出するという関係にあり、たとえば分裂前の日整労組の書記長であった中村信治氏は、1965年7月、前年度執行部と会社との最後の労使協議の後、吉高労務課長らに酒食に誘われ、「私の言うことをよく聞いて今後は活動してほしい。そうしてくれれば君の前途は悪くしない」と念を押され、その後も分裂した「民労」と同じ内容で妥結することを求められている。 ?B 日航労組の三役ポストは出世コースであり、59年度執行委員の萩原雄二郎氏は62年には人事課長となり、その後現在では常務取締役(労務担当)となっている。60年度執行委員長の吉高氏は62年には労務課長に就任し、その後取締役になっているのである。  このように、会社との談合によって決められる三役が、会社側の筋書きに従って行動することにより、その見返りとして出世コースに乗るというパターンが「正常な労使関係」とされていたのであるが、それは、日航の路線拡張、事業所の増大にともなって増大していくなかで、慢性的残業をともなう長時間労働や、人員の不足を埋めるため中途採用者と定期採用者・正社員との賃金の格差、臨時従業員の身分、また正社員でも零細企業を含めた「全産業平均」にすぎない賃金水準の低さ-これらの是正を求める一般組合員の要求が充満してくるという矛盾が発生する。従って、従来のように執行部を使って組合員の要求をおさえこむという方式は、必然的に破綻し、1960年の年末闘争で吉高委員長以下の執行部が、年末手当に組合要求を独断で切り下げて妥結したことに対して、オペレーションセンター支部が委員長不信任決議をし、つづく全国大会でも執行部不信任案可決寸前になる。  このようななかで、61年度の執行委員長のポストを進んで引き受ける者がなく、吉高委員長は勝手に小倉寛太郎氏の立候補届を提出し、既成事実が作られた上で小倉氏は委員長を引き受けることになるのである。  「昭和36年度小倉執行部において日航労組ははじめて『会社のヒモがつかない』執行委員長を持つことができたわけである(吉高前委員長が、『小倉委員長、亀川副委員長、相馬書記長』の線で人事部長の諒解をとりつけて来た事実は、小倉にとっては委員長職を引き受ける理由ではなく、むしろ吉高氏からの立候補受諾の説得を当初拒否した理由であった。事実、小倉は前述のとおり右「了解事項」に拘束されることなく、規約上の三役指名権を行使し、亀川氏に代えて境栄八郎氏を副委員長に指名したのであった)。  そして小倉執行部(昭和36年度・37年度)、および境執行部(昭和38年度・39年度・40年度)のもとにおいて、十分な職場討議を経て組合員の要求をまとめ、組合員の立場に立って会社に対し率直に要求を提示し、正当な団体行動権の行使を通じ、あるいはこれを背景として会社と堂々と交渉するという、あたりまえの労働組合の姿が確立されたのである」(1969年3月31日「東京都労働委員会に対する『最終陳述書』」)  小倉執行部が成立した年、日航労組は時間短縮、労働協約の改訂、年末一時金のアップ、客乗ジェット手当改訂の要求を掲げて初のスト権を確立し、翌年ストに突入している。  この闘争を通じて1956年10月以来の労働協約の改訂が合意され、新協約には賃金や労働時間などの労働条件の引き上げが当然のことながらもりこまれ、またユニオンショップ制の強化、規約所定の組合各機関の会合の時間内保障等の組合の権利を伸長させたのである。そして、?@賃金水準は62年から65年までの毎春闘でのベースアップのつみかさねによって、「全産業平均」から「主要企業平均」の水準に達した。?A労働時間の短縮(週43時間を38時間に)、長期臨時従業員全員の正社員化、年休改善、定年延長、生休の一期間二日有給化、?B年齢調整(晩学調整)制度と中途採用者の経験調整制度等、今日の日航の労働条件の水準は、そのほとんどが小倉執行部時代の日航労組の活動によって獲得したものであった。  ちょうど、この時期は日航にとって収益の低下から無配転落、さらに翌年は経営赤字を記録するときにもあたっている。  日航労組の『最終陳述書』は、次のように書いている。  会社は、日航労組が小倉・境執行部をいただくことによって御用組合から脱皮し、一般組合員の要求を民主的手続を通じてくみあげ、その要求実現のためにたたかうまともな組合に成長したことに危機感を抱き、日航労組を昔日の御用組合の姿に戻すための数年間(昭和37年から40年)にわたり、あらゆる手段を用いて介入した。介入のパターンは一方において組合執行部を攻撃(?@組合役員・活動家に対する人事異動により一般組合員と接触を断つ、?A正当な組合活動への大量処分、?Bこれらを推進するうえで障害となる労働協約を廃棄する、?C管理職を使って、活動家の役員立候補を阻止する、など)するとともに、反執行部派を育成強化し、これに執行権を握らせるよう画策する(?@反執行部派に対する資金援助、?A職制機構を通じての役選票よみ等選挙対策の推進、?B職制に反執行部的意識を注入するための監督者研修に名を借りた思想教育、?C反執行部派に「今の執行部は問題解決の機能を失った」とアピールさせるためのお膳立てとして、団交形骸化、膠着の事態をたえず生じさせる)というものである。そして、足かけ4年にもわたるこの種の介入をやりつくしても、なお御用幹部が多数組合員の支持をとりつける可能性のないことを会社が知ったとき、組合を分裂させるという方向転換が指令されたのであった。  小倉寛太郎氏が二期つとめた委員長の座を降りるのは1963年6月であるが、日本航空の労務管理がどのようなものであるかを端的に示しているのが、小倉元委員長に対する海外たらい回し人事であった。  すなわち、小倉氏が委員長の座を降りて本社予算室に復帰して一年にも充たない翌年早々カラチ支店への転勤を命じられ、66年3月にはテヘランへ、70年1月にはナイロビへと、テレックスがたたきだす一片の命令によってつぎつぎに海外をたらい回しされるのである。  小倉氏に対しては、小倉執行部によって日航労組が初のストライキを実施した1962年当時から、すでに会社首脳部のあいだでは「くびにしろ」という声があり、そのために入社時にさかのぼって、小倉氏の勤怠状況が調査されている。本人が無遅刻・無欠勤であったため目的を果たせず、63年秋には新町予算室長が小倉氏に「おまえみたいなアカがこの予算室にいるのは非常に残念だ。とっとと出ていけ」といった事実さえあった。そして、その翌年早々にカラチ転勤となるのだが、彼には海外支店の総務主任の職務内容をなす経理・財務・調達・人事などの仕事についての経験はなく、しかも当時、組合の会計監査の地位にあり、母親と未成年の弟を同居して扶養中という生活環境の上からも転勤に不向きな条件にあった。従って、このような異動は常識では考えられないことであった。  日航の「海外在勤員の在勤期間基準」によれば、生活条件の劣悪な「特別地域」における在勤期間は二年とされており、赴任に先だって小倉氏は当時の松尾社長に、「会社の規定では任期二年ということになっているので、二年たったら必ず帰してもらえるのでしょうね」と念をおしている 。これに対して松尾社長は、「二年先のことはわしにまかせろ。悪いようにはせん、必ず責任を持つ」と答えている。  だが二年後には、支店開設のため総務主任としてテヘランに赴任させよというテレックスに接し、このことで、通常ならばこの人事について事前に本社から相談にあずかっているはずの支店長も、「あなたの問題に関しては私などの及ぶところではない、私にいくらいっても無駄である」と、小倉氏にいったという。  テヘランに赴任直後、小倉氏は母親の訃報で休暇をとって帰国したが、このとき松尾社長は彼の顔を見るなり「すまん、すまん」といい、「テヘラン支店の開設が軌道に乗ったら帰してやるから、それまで待て」となだめているが、結局この約束も果たされず69年いっぱいテヘラン勤務をつづけさせられたあげく、さらにナイロビへ転勤させられるのである。  小倉氏がテヘラン支店に勤務していた1968年秋頃、本社人事部長安辺敏典氏が出張した際、小倉氏は「いつ帰してくれるのか」といったところ、安辺人事部長は「あなたが帰っても組合活動をやらない、組合と縁を切るという約束をすれば、それは簡単なんだけれども…」と、組合脱退と帰国とを取り引きする話を持ちかけている。  このとき小倉氏は、「だいたい会社が組合を分裂させてから、第一組合が非常に困難な状況になっているというのは、外地にいる私も知っております。私がかつて委員長をやっておりましたときに私を信用してくれた人たちが多く第一組合に残って、困難に負けずに頑張っている。そこで男として「私はもう組合をやめましたよ」というようなことがいえると思いますか、あなただったらどうします」と反問して、人事部長の誘いをことわっている。  ナイロビへの転勤命令は、営業所長と異なり、部下を持たない販売駐在員で、現地人ならともかく、日本人としては前例のない地位におかれたのである。

123便事故機の残骸・CVR・DFDRの保存と公開に関する申し入れ123便事故機の残骸・CVR・DFDRの保存と公開に関する申し入れ

2001年8月22日 日本航空株式会社 代表取締役社長   兼子 勲 殿 5労組発 第5-3号 日本航空内 5労組連絡会議 代表   片平 克利 123便事故機の残骸・CVR・DFDRの保存と公開に関する申し入れ 私たちは、航空事故調査委員会が発表した123便事故の事故調査報告書には多くの疑問・矛盾があり、真の事故原因究明のため再調査を行うことを求めてきたところです。 しかるに、この事故から16年目を経た今年8月12日、貴職は保有している事故機の残骸を処分する意向であることを表明されました。 本件事故に関する聴聞会(1986年4月25日)において、日本航空を代表して平澤運航本部長(当時)が、事故調査委員会に対し調査すべき事項を明らかにしています。例えば、「下側方向舵上部にある上側方向舵との接触により生じたと思われる痕跡について、その発生条件の解明が必要」と指摘していますが、これらの点について、事故調査委員会の報告書では「その発生の経緯を明らかにすることはできなかった」として、解明されぬままその調査を終えてしまっています。 貴職が残骸を破棄するのであれば、これらの事項の事実解明は闇に葬られることを意味し、真の事故原因究明に向けた再調査の手立てを事故当事者が自ら摘み取る行為であり、決して許されるものではありません。 2000年1月には御遺族からも運輸省(当時)に対し、真の事故原因は究明されていないとして、その再調査を求める要請が出されています。また、本年8月12日の慰霊の園にて、御遺族の方から遺品と残骸を破棄しないよう貴職に強い申し入れがあったことはマスコミにも取り上げられている状況です。 日本航空が残骸等の関連物件を破棄するとなれば、社会的非難を浴びるのは必至です。 私たちは上記の状況から、また事故調査報告書の発表後にも数々の新たな事実が判明してきていることにも鑑み、日本航空として再調査を行うことを改めて要請いたします。 さらに三乗組では、1990年8月15日、1991年5月29日、1991年10月24日と、本件に関連した協議の場を設けられるよう要請してきました。これに対し日本航空は、少なくとも大型機の機内減圧が乗員に与える影響について話し合いの機会を持つ旨回答していますが、いまだ履行されていません。 早急に、私たちとの協議の場を再開されるよう要請いたします。 記 1. 返却された事故機の残骸・CVR・DFDRを破棄する方針を撤回し、私たちに公開すること 2. 過去の回答にのっとり、急減圧に関する交渉を行うこと 3. 日本航空独自に事故原因の再調査を行うこと 参考/聴聞会で日本航空が指摘した項目(要旨) ?@ 圧力隔壁の飛行中の破損と、墜落時の破損との区別確認が極めて重要。 ?A ボディドアシール(水平安定板取付部の胴体開口を塞ぐ胴体側可動ドア)の圧力リリーフ機能とあり得た開口の大きさに対する調査が必要。 ?B 垂直尾翼、APU防火壁の破壊過程および原因推定のため、更に破損部品の回収が必要。