jca Jamaika  

機長組合が推定する原因

=機首上げの原因は何か=
事故調の報告書によれば、48分23秒からの異常な機首上げの原因は、速度増加を抑えようと機長が操縦桿を引いたために、自動操縦装置が切れてその反動で機体が急激に機首上げとなったとしています。

しかし706便の飛行記録には、自動操縦装置がオーバーライドされて切れた時の特徴的な昇降舵の動きは記録されていないなど、事故調の推論には無理があります。

それでは機首上げを起こさせた原因は何だったのでしょうか。

[SPOILERと一時的な上昇流が影響か]

事故調の報告書によれば、この時の垂直流は無視できるほどであったとしていますが、水平方向の風の変化は自動操縦装置の対応能力の2.5倍にも達するものであったとしています。このような激しい気流の変化には、かなりの垂直流が伴うと考えられます。

つまり機首が大きく上がった48分23秒頃には、かなりの上昇気流があったものと推定され、上向きの気流によって機首が押し上げられたことが考えられます。

また、SPOILERを開くと同時に機首上げが始まり、SPOILERが閉じられるとともに機首振動が収まっていることも事実です。SPOILERは大きな機首上げモーメントを発生させますので、強い上昇気流とSPOILERとの相乗効果による機首上げモーメントを、自動操縦装置が押さえきれなかった様子がうかがえます。

=自動操縦装置はなぜはずれたか!=
事故調は1997年9月の経過報告書以来、「オーバーライドによって自動操縦装置がOFFになった」と推定していますが、事故調が“オーバーライド”の根拠としているのは「CWS(操縦桿が感知する力)に力が掛かった記録がある」事と「CRMという故障記録が残されている」事でした。

このうちの“CWS”については、パイロットがスイッチ類の操作をした時にも同様の記録が残る事、自動操縦装置により操縦桿が動かされた時に、操縦桿に添えられている手の動きが追従できなかった場合にも記録が残る事をこれまでに説明しました。

[CRMの故障記録は何を意味するか]

706便ではCRM(Command Response Monitor)という故障記録が残されていましたが、CRMとは、自動操縦装置の信号と実際の昇降舵の位置に誤差が出たことを示します。

事故調は、その原因を機長がオーバーライドしたためだと述べています。しかし事故機であるJA8580では、706便事故から9ヵ月後の1998年3月に、自動操縦装置が切れて急激な機首上げが発生するという706便事故と非常によく似た事例が、2件続けて発生しています。

これらのケースではいずれも“CRM”の記録が残っていましたが、自動操縦装置はオーバーライドされておらず、いずれも一時的な故障であろうと判断されています。アクチュエーターの内部のごくわずかな傷によってもCRMは発生するといわれており、実際に分解検査をしても発見できず、2回目の分解検査でようやく傷が発見できた例もあるといわれています。

このようなことから、706便が遭遇したような激しい気流の変化に際して、アクチュエーターがスムーズに作動せず、そのためにコンピューターが一時的な故障と判断して自動操縦装置を解除した可能性があります。

日本航空における飛行中の昇降舵トラブルの事例は、ほとんどのケースが“原因不明”となっており、いくつかの部品を交換しているうちに“異常現象が出なくなった”とされています。

[GによるACOの可能性]

飛行記録によれば、自動操縦装置のACO(Automatic Cut Off)機能が働いて自動操縦装置が外れた可能性も考えられます。

MD11では以下の条件下で、ACOにより自動操縦装置が自動的にOFFになります。

?@ Vertical Gが1±0.6~1±1.4を超過

?A Roll Rate(Rollの速さ)が10 deg/sec (毎秒10°)を超過

?B Bank Angle(傾きの角度)が60°を超過

?C CRMが働いた

飛行記録によれば、自動操縦装置がOFFになる1秒前に“1.6G”を超過しており、ACO?@の条件が働いた可能性も否定できません。

[自動操縦装置自体の故障の可能性]

さらに、事故発生当時には、自動操縦装置に一時的な不具合が発生していた可能性があります。

?@自動操縦装置が気流の変化に対応出来ず、機首変動を抑えきれなかった。

?A手を触れていないThrottle Lever(推力調整レバー)が、前方へ動いた。

?B水平安定板が上下に変動を繰り返した。

?C操縦桿の動きと一致しない、昇降舵の異常な動き(LSASの異常やSpoiler後流の影響)。

?D着陸前には、LSASとYAW DAMPER(飛行中に自動的に方向舵を動かして機首の左右方向の安定性を増す装置)の故障が表示された。

?E自動操縦装置のVertical/Speed Wheel(降下率を変えるつまみ)の操作に自動操縦装置が反応しなかった。

これらの現象からみると、激しい気流の変化に対処しきれなかった自動操縦装置のコンピューターが、一時的に異常動作を起こしたことにより、自動操縦装置がはずれたことも考えられます。

MD11の自動操縦装置が解除される条件としては、乗員のマニュアルに記載されているACOなど4つの条件のほかにも、自動操縦装置そのものの故障・電源の一時的な変動・コンピューターが使用する対気速度や機体姿勢などのデータの異常など多くの条件がありますが、事故調はACO等4つの条件だけしか検証を行っておらず、自動操縦装置そのものに問題が生じた可能性については、はじめから検証を行っておりません。

=機首上下の原因は何か=
事故調の報告書によると、「自動操縦装置が切れた後の5回の振動は、機長が姿勢を立てなおそうとして操縦桿を操作した事が原因」と述べています。

一方、機長組合ではDFDRの記録を詳細に検討した結果、機首上げが先に始まっている事、及び操縦桿の動きやCWSの記録がピッチ変化に対応していない事から、「706便の機首変動は、操縦操作以外の要因が原因」と推定しました。

開示されたデータが限られている事や、日本航空運航技術部が頑なに706やMD11に関するデータの提供やSIM検証を拒んでいるため、実証には至っておりませんが、NASAをはじめとする研究機関からの多くの資料提供に基づき、次に述べるように「SPOILER後流の影響と操縦系統の反応時間の遅れが関与した」と推定しました。

[SPOILERの後流(乱れ)に尾翼が出入りした]

一般に、Spoilerを展開すると主翼の後縁部の揚力が減少する事により、風圧中心が前方へ移動し機首上げモーメントを発生します。

また、MD11では飛行中に展開するSpoilerが他機種と異なり、内側も含め全てのパネルがFull Openします。このため、ある特定の状況下ではSpoilerが発生した乱流が水平尾翼に影響を与え、昇降舵の効きを著しく減じた可能性があります。

706便においては、SpoilerをFull Openした途端に急激な機首上げが発生し、SpoilerをCloseした後、機首の振動が収まっている事は、この推定を裏付けています。

[Spoilerの後流内では、昇降舵は効き目を失う]

一旦始まった機首上げは、その直後に昇降舵がSpoilerの後流に入って急激にその効き目を失い、Spoilerによる機首上げモーメントを抑えきれなくなった。その後、機首が大きく上がって昇降舵がSpoilerの後流の下に出るまで機首上げを抑えられない。その間、LSASのPRD(Pitch Rate Damper)はPitch変化を止めようとして、昇降舵を機首下げ側に切りつづけていたと思われます。その後、比較的大きな機首上げで、水平尾翼がSpoiler後流の下側に出た事により昇降舵の効きが急激に回復し、機首下げが始まった。機首が下がると再び昇降舵が後流の中に入る事になり、開いているSpoilerによる機首上げモーメントを抑えきれなくなり、機首上げが再度始まった。このように、水平尾翼がSpoiler後流を出入りする事で、機首変動が継続したと推定されます。DFDRの記録は、この推論を裏付けるものです。

[LSASはどのように影響したか]

MD11には、縦安定性を増強するためにLSASが装備されており、手動操縦の際に作動します。

またLSASにはPRD(Pitch Rate Damper)機能が付加されて、機首の上下運動を抑制するように昇降舵を駆動しますが、LSASによる昇降舵の動きは操縦桿にはFeedbackされないため、急激なPitch変化の最中は操縦桿の動きと昇降舵の動きは一致しません。

706便が激しいPitch変動を繰り返していた時、LSASはこの変動を押さえようと昇降舵を動かしていたはずですが、その時、操縦桿の動きは連動しません。

LSASの動きは、機首が上がり始めると機首下げ側に昇降舵を動かし、機首が下がり始めると機首上げ側に動かします。その様子はDFDRに記録されています。

LSASは昇降舵を5度以内で動かす事になっていますが、FCC(操縦系統をコントロールするコンピューター)は昇降舵を5度だけ動かすような信号は出せません。昇降舵からの位置のFeedbackを感知して、5度動いたところで信号を止める訳です。

ところでMD11には操縦系統の反応時間の遅れが、0.2秒であるといわれています。

機首が振動していた時、昇降舵は20度/秒を超えるほどのRateで動いていますので、4度程度のオーバーシュートは十分考えられます。

このようにLSASが機首変動を励起した可能性は、DFDRに記録されている操縦桿の位置が“機首下げ側に取られているにもかかわらず、昇降舵は規則正しく上下に動き続けている”事からも推定できます。

これまでに述べた内容をまとめると、次のようになります。

?@ 降下中に、激しい気流の変化により速度が急激に増加した。

?A 速度の増加と強い上昇気流およびSPOILERの影響により、強い機首上げ傾向が生じた。

?B 自動操縦装置はGコントロールに従い、その機首上げ傾向を押さえようとしたが、自動操縦装置の PITCH WHEEL操作による機首上げ信号の入力や、能力を超える強い機首上げ傾向により、一時的に作動異常を起こした。

?C そのため、コンピューターの保護装置が働いて、自動操縦装置が解除された。

?D 自動操縦装置が解除された時に、LSASのPITCH RATE DAMPER機能と機長が異常な機首上げを抑える操作が重なり、昇降舵は大きく機首下げ側に動いた。

?E その後、昇降舵はSPOILERが発生した乱流の中を出入りしたことにより、舵の効果が大きく変化し、LSASのPITCH RATE DAMPER機能による昇降舵の動きとSPOILERによる機首上げモーメントの相乗効果により、規則正しい機首振動が続いた。

?F 5回目の機首上げ時に、速度が制限値以内に戻っていたことと機体の姿勢をやっと認識できたため、機長がSPOILERを閉じたところ、機首上げモーメントが減少するとともにSPOILERによる乱流がなくなって昇降舵の効果が戻り、機首角の変動が落ち着いた。