Day: May 20, 2002

123便事故の再調査を求める2123便事故の再調査を求める2

強い風の吹き抜け、激しい騒音、乗員は減圧を直ちに認識、航空性中耳炎・低酸素症の症状、凍えるような寒さ =これが本当の急減圧だ!= 123便事故の再調査を求める?A これまでに起きた、急減圧を伴った大型機の事故の特徴を見てみましょう。 (下線は、123便事故との比較においてポイントとなる項目) 【72年6月12日 アメリカン航空DC-10型機】 11,750ftを上昇中、後部貨物室のドアが開き、急減圧が発生。高度は低かったが、爆発音と霧が発生し、機内を風が吹きぬけた。 【75年1月15日 ナショナル航空DC-10型機】 39,000ftを飛行中、No.3エンジンが分解し、その破片が客室の窓を破壊した。1名の乗客が窓から吸い出され、行方不明となった。減圧発生から約10秒以内に、操縦室の酸素マスクから酸素が流出し、その音がCVRに記録されている。これは減圧を示す一つの証拠として注目された。 【86年10月26日 タイ国際航空A300-600型機】 33,000ftで土佐湾上空を飛行中、機内で手投げ弾が爆発し、後部圧力隔壁を破壊、急減圧発生。9秒間で5,600ftから20,000ftまで減圧、減圧率は96,000ft/minであった。機内では、操縦士は直ぐに急減圧の発生を認識し、緊急降下を試みている。与圧空気は機内を強い風となって通り抜け、最後部洗面所の化粧台を倒壊させ、圧力隔壁後方へ抜けた。搭乗者247名中89名が航空性中耳炎になった。 【89年2月24日 ユナイテッド航空 B747-122型機】 ホノルル離陸後、22,000~23,000ftを上昇中、異常音とともに爆発的な急減圧が発生。運航乗務員らは直ちに酸素マスクを着用したが、酸素は出てこなかった。直ちに緊急降下を実施し、ホノルルに引き返した。原因は前方貨物ドアが吹き飛び、約14?uの穴が開き、それと同時に機内の酸素供給システムが破壊された。 客室内では、減圧とともに強い風が客室内を吹き抜け、客室乗務員らは物に掴まって吹き飛ばされるのを防いだ。風が収まった後も機内の騒音が激しく、乗客への着水準備の指示に困難をきたした。PAは騒音のために全く役に立たなかった。減圧に伴って気温が急激に低下し、凍えるように寒く感じた。客室の酸素マスクは作動しなかったため、客室乗務員らは携帯用酸素ボトルを使用したが、その数が十分でなく、一部の乗員は、酸素不足によるめまいを経験している。 【90年12月11日 エア・カナダ L1011型機】 マンチェスター上空で37,000ftを飛行中、後部隔壁が破損し、急減圧が発生した。乗員らは直ちに酸素マスクを着用し、緊急降下を開始するとともに、急減圧に関するチェックリストを行っている。 客室後部にいた客室乗務員は、鈍い「どーん」という音と同時に、左後部のトイレ付近から空気が流れる音を聞いている。30~40秒後に乗客用マスクが落下した。FDRの記録では、客室内の気圧は6,300ftから20,500ftまで減圧し、緊急降下によって再び気圧は上昇し、10,000ftになっている。 結果的に、20,000ft以上に56秒間、18,000ft以上に2分20秒間あったことが記録されていた。この減圧で、3名の乗客が激しい頭痛と耳痛を訴え、数人がめまいを訴えた。 後部トイレのパネルが後部圧力隔壁に押し付けられ、パネルの縁が裂けていた。グラスファイバーの断熱材が尾翼の点検孔から垂れ下がっているのが見られ、後部圧力隔壁の後方の胴体内部にも多量の断熱材が見られた。圧力隔壁は、その外周の8~9時の位置の三角パネルの外周部に2ftと1ft程度の長方形の部分が後方にめくれていた。 (機長組合ニュース 15-18)

PIOとはPIOとは

米国の航空専門誌(Aviation Week and Space Technology) 1997,3,24より引用 National Research Councilの最近の発表によれば、新しいFly-by-WireやFly-by-Light航空機では、Flight Controlに関する予想外の問題が発生している。 本来、不安定な飛行機に対して、安定性及び操縦性を与えるために開発されたFly-by-Wire等の新技術は、意図せざる方向への効果と予期せぬ問題を引き起こす可能性を、潜在的に持っている。 このような航空機の取り扱いに対する弊害を探し出すには、設計段階でのより慎重な検討や、より多くの試験飛行・Simulatorによる検証が必要となる。 最近起こった軍や民間のFly-by-wireの航空機が巻き込まれた事故・インシデントに鑑み、NASAはNational Research Council(NRC)に対して、飛行の安全にかかわるAircraft-Pilot Coupling(APC)の研究をするよう依頼した。 その目的は、Pilot・航空機・操縦装置間の力学的な相互作用が、不安定な飛行状態を引き起こす状況を研究する事である。 NRC委員会はAPC(Aircraft-Pilot Coupling)という言葉を次の二つの理由から採用した。つまり、“PIO(パイロットが引き起こす振動)”という言葉から連想される、非難めいた印象を払拭する事と、単に振動だけでなく、Pilotと航空機の間で起こる、意図せざる相互作用にまで適用範囲を広げるためである。 Fly-by-wireの航空機が出現する以前は、意図せざる航空機の振動は“ヘボパイロット”のオーバーコントロールによるものだと非難され、そこからPIOという言葉が使われるようになった。しかし最新のComputer化されたFlight Control Systemにおいては、パイロットは操縦系統の一部を占めるに過ぎなくなっているという事から、委員会ではPIOの定義を“Pilot-Involved Oscillation(パイロットが巻き込まれた振動)”と変更した。PIOには軽度で簡単に押さえる事の出来る動きから、激烈で危険性を伴う振動まである。 報告によれば、パイロットのせいにされる多くのAPCは、実際の所は設計の不適切さの結果といえる。このような意図せざる振動が発生した場合、パイロットの操作はその激しい振動を押さえる方向にではなく、むしろ拡大させる方向に陥らされる可能性がある。このPIOは、命の安全が保障された安全なSimulatorでは、検証されにくいものである。 Fly-by-wireの航空機では、パイロットの操作が、操舵面には直接つながっていない。操作信号は、作動装置に電気信号として伝えられるため、パイロットは舵面の動く早さや、舵面が限度一杯に動いたなどという感覚を感じ取る事はできない。そこからパイロットの考えと実際の機体の動きに不一致が生じ、APCへとつながるのである。 Fly-by-wire機の利点は、設計者が操縦装置を非常に精密なものへと発展させる事が出来る点である。航空機の性能や安全性を高める目的で、そのSystemは飛行状態や飛行様態に応じて操縦装置の応答性を変化させる事が出来る。 適正な設計がなされていれば、操縦様態の変更はスムーズでパイロットの意に添うものであり、その操作に何の障害ももたらさない。 報告によれば、新しいFly-by-wire機のほとんどすべてが、その開発過程においてAPCを経験している。APCは通常パイロットが精密に飛行機を操縦する必要のある、最も忙しい状態において発生している。しかもそれらはちょっとした出来事が、忙しい仕事やより正確な操縦を阻害した際に起こっている。 ある特有な出来事は、パイロットと機体との力学的な関連を変化させる。 これらの中にはパイロットの操舵力の変化や、操縦装置の切り替え、ちょっとした機械的故障、それに大気の激しい擾乱などが含まれる。

ザ・ノンフィクション 日本航空123墜落事故 15年目の検証ザ・ノンフィクション 日本航空123墜落事故 15年目の検証

ザ・ノンフィクション 日本航空123便墜落事故・15年目の検証 2000年11月19日、フジテレビで標記の番組の放映がありました。番組独自の減圧実験や最新技術による音声解読、関係者への聴き取り調査などによって、123便の事故調査報告書に関する数々の疑問点を浮き彫りにし、真の原因究明の糸口を掴もうというものです。その中では、 * 事故調査委員会の減圧実験被験者から「マスクを付けた」と日航の元乗員が聞いており、報告書の記載と食い違いが浮かび上がった。しかし、当時の実験担当者は事情説明を拒んだため、謎として残った。 * 事故調査委員会が「オールエンジン」と解読した音声は、分析の結果「ボディギア」である可能性が出てきた。このキーワードは、当時の状況を推察する上で、重要な別の意味を持ってくることにもなりえる。 など、再調査の観点で重要なテーマとも考えられるものです。 この度、許可を頂きましたので、この番組を紙上再現してみました。  【ザ・ノンフィクション】 123便CVR音声「・・なんか爆発したぞ」 昨年12月、我々は日航123便墜落事故のボイスレコーダーの録音テープを入手した。 1985年8月、乗客・乗員524名を乗せた旅客機が群馬県御巣鷹山に墜落。墜落後およそ16時間を経て救出された生存者はわずか4名、単独事故として航空史上最大の犠牲者を出した。 運輸省事故調査委員会は、ボーイング社が事故機の後部圧力隔壁の修理ミスを認めたのを受け、これを事故原因と推定した。 運輸省事故調査委員会 武田 峻委員長(当時) 「昭和53年大阪国際空港における事故による損傷の修理の際に行われた後部圧力隔壁の不適切な修理に起因しており、また亀裂が隔壁の損傷に至るまで進展したことは点検整備で発見されなかったことも関与していると推定いたしました」 これをもって、調査は事実上終了した。 しかし、‥‥ 15年経った今なお、航空関係者の間に事故調査報告書の曖昧さを指摘する声は根強い。本当に事故原因は究明されたのか、遺族の無念は晴れることなく、心に傷を残したままだ。 一方報道各社は、今年になって123便のボイスレコーダーの音声を入手、ニュースやワイドショー等でも広く取り上げられた。 コックピットの息詰まる音声は、様々な人に事故の記憶を呼び覚ました。 同じ頃、我々は、カナダに入手したボイスレコーダーの音声を持ち込んでいた。航空機の事故分析のエキスパートに、最新のデジタル解析による音声分析を依頼していた。事故当時には判読不確実とされた個所、それを明らかにすることによって新たな事実が浮かび上がる可能性があった。 事故調査報告書に記された一つのキーワード「オールエンジン」と判別された言葉は、なぜそう読まれたのか? 2万4千フィートの上空で、突然異常事態に見舞われた123便、機内には急減圧があったと報告書は記している。コックピットの状況を調べるために、航空自衛隊で行われた実験を記録したテープがある。この実験にも、一部で疑念が持たれていた。 520名もの尊い命を奪った忌まわしい事故、懸命に機体の立て直しを図っていた乗員たちのやり取りを   いま、改めて検証する。 日本航空123便墜落事故 15年目の検証 あの夏、123便はお盆の帰省客を大勢乗せて、羽田から大阪へ向け飛び立った。偶然にも、その時に撮影されたホームビデオが残っている。いつも通りのフライトと誰もが思った。 ところが・・・・