(4)EMERGENCY(緊急)時における航空機関士の役割
タイインター航空の事故(S61年10月)をみると,2名編成の航空機が子期せぬトラブルに遭遇した時.それにより増加したワークロードを2名のパイロットが吸収し.これに対処することがいかに困難か分かります。
タイインター航空620便(2名編成のA300)にDECOMPRESSION(急減圧)とHYDRAULIC FAILURE(油圧系統の故障)というダブルトラブルが起き.当該パイロットは一刻も早く充分な空気のある高度まで降りる為EMERGENCY DECSENT(緊急降下)を行いました。
ATC(管制官)はタイインター620便が許可も更けず急激な降下と針路を変更し,進入禁止空域(自衛隊の訓練空域で民間機の進入が禁止されている空域)に向っている為執拗に無線で呼びかけました。
当該パイロットは,「ATCが呼びかけている事は分かっていたが,応答する余裕がなかった」と述べています。
HYDRAULIC FAILUREでのEMERGENCY DECSENT という,訓練でも行った事がない状況下で,一人のパイロットは必死に機を操縦し,もう一人のパイロットは急減圧によりハンドブックタイプのチェックリストがコクピットの外へ吹き飛ばされてしまった為,物言わぬEICASのページをめくりながら,懸命に緊急操作を実施しており.酸素マスクをつける為相互のコミュニケーションも充分に取れず,大混乱のなかにあったといえるでしょう。
ようやく管制官と通信を取ったのは,入ってはならない進入禁止空域に進入してしまった後でした。
大阪空港に当該機が着陸した後,油圧故障の為自力滑走ができず,トーイングカー(牽引車)が必要なことが分かりあわてて手配された事や.地上の職員がドアを開けてみて はじめて多数の怪我人がいて救急車の手配が至急必要であることが分かり.あわてて救急車の手配をした事などをみると,ともかく早く着陸することが先決で.客室の状況の把握や,地上との細かい適格などは不可能であったといえます。
2名編成ではそこまで対処することは困難だったのです。
ー方,日航123便の事故(S60年8月)では航空機関十は,客室との連絡,当該機に起った状況の把握,緊急操作に対する協議やアドバイス.それに伴うチェックリストの運用,会社との無線連絡や管制官との通信も一部パイロットに代って行い,最後には懸命に操縦を続けるパイロットを励ますなど,極限の状況のなか素晴しい活躍をしています。