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「沈まぬ太陽」の反響

-週刊朝日 VS 週刊新潮・・・日本航空、機長組合の見解-
週刊朝日2000年2月11日号、18日号の2号にわたり “『沈まぬ太陽』を「私は許せない」” と題した記事が掲載されました。(18日号の表題は、“読者が一番泣いた「御巣鷹山編」こそ「許せない」”)
この小説のモデルにされたと思われる方々、特に“悪役”として描かれた方々の不満の声がのせられています。曰く、「俺はそんなことはしていない・・・」「そんな事実はない・・・」
また、18日号の記事の中に囲みで小説の主人公となった小倉元日航労組委員長の声が掲載されています。「作者が膨大な取材の中身を大幅に削除したり、逆に取材で言わなかったことを書いたのは当然であり、それについてあれこれ言われるのは迷惑である」とのことです。

これに対し週刊新潮は2000年2月24日号で、朝日新聞および週刊朝日の愛読者が送った週刊朝日への抗議文と、週刊朝日には取り上げられなかった御巣鷹山事故の遺族の方々の声を中心に反論記事を掲載しました。
主張の内容は、一般の読者は書かれていることがすべて事実だとは思わないであろうこと、週刊朝日の記事には御巣鷹山事故の遺族の声が全く掲載されていなかったこと、そして「実際のモデルはこういう人物だった」「自分はそんな悪人ではなかった」「御巣鷹山には恩地はいなかった」などというコメントを、得々と連ねることに、いったい何の意味があるのだろう。(下線は本文より引用)

両週刊誌の記事の中で日本航空の内部にいた人のこんな言葉がのせられていました。

まずは週刊朝日から・・・小倉氏のコメントの一部
「この小説で白日の下にさらけ出された、組合分裂工作、不当配転、昇格差別、いじめなどは、私および私の仲間たちが実際に体験させられた事実です。日本航空の経営側にいた人たちは、(中略)数々の不当労働行為やその他の不祥事を思い出されたらいかがでしょう。人間である限り、そんな事実はなかった、などとはいえないはずです。」

週刊新潮の中から・・・日航OBで航空評論家の楠見光弘氏の提言
「私は、『沈まぬ太陽』という作品は、御巣鷹山で亡くなった520人の声なき声を遺した書であると同時に“戒めの書”であると思います。現在日航は厳しい経営環境に直面していますが、この小説に描かれているような過去を清算し、反省して、将来を展望する糧とすべきではないでしょうか。そのためにも、日航は『沈まぬ太陽』を不愉快なものとして抹殺せず、きちんと向き合うべきです。それがご遺族と国民の信頼を回復し、本当のナショナルフラッグキャリアとして再生する唯一の道でしょう。」

しかし、当の日本航空の考え方は(社内誌より)

『本小説は、御巣鷹山事故に関する記述などから、舞台となる会社組織および登場人物のモデルとされる人々が、当社とOBを含む当社社員など実在の人物であることが連想され、この著作によって会社と一部個人のイメージ・名誉が著しく傷つけられており、遺憾である。
作者は巻末において「事実を取材して小説的に再構築した内容」と付言しているが、この小説が弊社をモデルとしたノンフィクションであるという意図ならば、事実無根の部分が多く、弊社をご利用される一般のお客様の誤解を招き、企業イメージを悪化させ、営業上も甚だ問題である。
弊社は、大競争時代の中においてサバイバルの途上であり、フィクションと思われるものの事実関係について争うつもりは、今のところないが、更に弊社のイメージを低下させるようであれば、別途の対応を取る所存である。』

また、2000年3月22日の経営協議会の場で次のようなやり取りがありました。

「沈まぬ太陽」に関する週刊朝日の記事について
(機長・先任ニュースより)

<日本航空が山崎豊子氏に脅迫まがいの文を送る>
組合:「沈まぬ太陽」に関して広報部長から2月1日付で業務連絡が出された。同日週刊朝日に「沈まぬ太陽」に関する記事が掲載され発売されている。事前にこの記事を知っていたのか?

新町広報担当取締役:中身について事前に話し合うことは一切していない。

組合:会社は山崎豊子氏に「沈まぬ太陽」の発行許諾の撤回、映画化、テレビ・ラジオ・ドラマ化の中止、日本航空と無関係の架空の小説であることの告知と、掲載に対する謝罪を申し入れていることは事実か?

新町取締役:JALとして代理の弁護士を通して出した。大きな世間的社会問題になったので、兼子社長も含めて機関として決定して出した。

<兼子社長の変節!?>
組合:1月27日の機長組合との役員懇談会の席上、社長は小説「沈まぬ太陽」について機長から読んだかどうか聞かれて「コメントはない」といっていたではないか。それが急に脅迫的文書まで送る事態となっている。考え方が変わった理由を説明する必要があるのではないか。

兼子社長:その時には感想まで求められなかった。感想を聞かれたならばこのように答えたであろう。

組合:山崎豊子氏に対する申し入れ文書の中で、事実無根と主張しているがどこの部分が事実無根なのか。

新町取締役:この場では説明できない。別の場を設定して説明したい。

組合:山崎氏への申し入れ文の中に「営業上甚大な影響がでている」とあるようだが、具体的数値など、根拠はあるのか?

新町取締役:具体的数字を出すことはできないが、日本航空のイメージを落とすことは、有形無形にダメージを与えることになる。

<日航経営者、恥の上塗り>
組合:日本航空には真面目にやっている人達もいるとして、逆に旅客から評価される面もあるのではないか。営業上甚大な影響というならば、旅客数・トンキロなど具体的数字を出さなければ、単なる脅迫と捉えられる。

新町取締役:ダメージを定量的に断ずるのは極めて難しいが、脅迫ではない。

組合:先程の経営の説明でも、昨年より旅客輸送は伸びており、良くなっている。日本航空としては恥の上塗りと言わざるを得ない。また、この様な行為は、出版妨害に当たるのではないか。

新町取締役:そのようなものには当たらない。

組合:日本航空の対外イメージや公共交通機関の責任を云々するのであれば、「安全上問題あり」とした地裁判決を守らないことの方が、労使関係を悪化させ、ストライキにまで発展する。そういったことの方が企業のイメージダウンとなるのではないか。

兼子社長:そういう比較の問題ではない。

組合:今のような経営の対応では、労使関係はうまくいかない。

ということで、過去を清算し、反省する気はあまりないようです。もっとも、素直に反省できる会社なら小説のモデルにはならなかったでしょうが・・・

最後に週刊朝日の記事に対する機長組合の見解を掲載します。

週刊朝日2月11,18日号(「沈まぬ太陽」を私たちは許せない)の正しい読み方(機長組合ニュース14-140より)
山崎豊子作の「沈まぬ太陽」が2百万部を超す大ベストセラーとなっていることはご存知のとおりです。週刊新潮での連載が始まって以来、お客様から「JALってすごい会社だネ」と言われたとか、社歴の長い人が「俺もそう思っていた」と話していたとか、新人から「全労ってひどい組合ですネ」との感想が出されたなど、社の内外でさまざまな議論を醸し出しています。
そんな中、週刊朝日は2月11日、18日号の2回に分けて山崎豊子氏を主に批判する人物を中心とした特集記事を連載しました。これを受けて会社は週刊朝日の機内搭載の拒否と思いきや、それどころか発売日の2月11日に合わせて小説「沈まぬ太陽」に対する当社の考え方なる業連を出しました。また社内報を出して会社の考え方を社員に徹底するなど、今回は真っ向勝負に出ています。こうなってくると国民航空=日本航空が証明されたも同然です。組合も参戦せざるを得ないでしょう。

週刊朝日の記事についてここだけは是非確認したいものです。

<利光元社長への疑問>
Q利光さん、あなたがそれ程までに小説「沈まぬ太陽」に憤慨するのであれば、特別販売促進費が毎年どのくらいの額になるのか?

その内訳としてどこの会社にどのくらい支払われているのか?

を組合に説明すべきです。

Q昨年夏、あなたの自宅にピストルで銃弾が撃ち込まれましたが、思い当ることはないのですか?家を間違えられたとでも言うのですか?

<週刊朝日記者への疑問>
Qせっかく関係者の取材をしたのに、どうして組合所属による差別や不 当労働行為、不当解雇・分裂などの問題について第三者機関や組合に取材をしなかったのですか?

Q小説の主な登場人物と推定されるモデル一覧表の中に、なぜ重要人物である轟鉄也(元全労委員長、JTS副社長の大島利徳氏と推定されている)と権田宏一委員長(元全労委員長、現名古屋支店長の渡辺武憲氏と推定されている)の二人を除いているのですか?

<吉高AGS特別顧問への疑問>
Q記事にある「…組合だって悪いところがあった。・・」とは具体的には何の事ですか?第三者機関から判決や命令を受けたのはあなた方ではないのですか?

<平野日航特別参与(前常務)は正直に認めています>
週刊朝日の記事から

「…日航にはたしかに、組合員に対する不当な扱いや差別人事、一部子会社での問題経営があった。…」

<どこまでがギリギリか?高級官僚と業界の癒着>
黒野前運輸事務次官(小説では石黒航空局総務課長)は正直に週刊朝日の取材に応じています。黒野氏は昨年運輸省を退官しましたが、スカイマークの生みの親で、航空の規制緩和の立役者とまで言われていました。また航空局長から初めて運輸事務次官となったキャリア組のエリート中のエリートです。しかし退官の直前に、大蔵省接待で話題となった風俗しゃぶしゃぶに日航幹部と一緒に出入りしていた事が入店者名簿で明らかとなりました。

週刊朝日の記事から

「航空会社の人と食事も酒もともにしたことがないと言うつもりはない。…行政官としてのギリギリのモラルは守ってきたつもりです。…・責任ある立場になってから二次会に行かないようにしていましたから…」

注:意味深長、しゃぶしゃぶ店での食事は通常一次会のようですが、ギリギリとは何か基準があるのでしょうか?

<百戦錬磨、派閥の領袖三塚氏と、山地元社長の反応>
「沈まぬ太陽」の記事について三塚氏はインタビューで「自分が出て騒ぎになるのも大人げない」とコメントしているようです。また山地元社長はゴルフとカラオケで忙しいのでしょうか「全く読んでないのでコメントのしようがない」と取材で応えているようです。

<まとめ>
今回の問題は、あくまでも小説の世界と割り切れないところに日本航空の黒い部分の根深さがあります。週刊新潮で連載が始まった時には機内搭載拒否で抵抗してみたものの、2百万部の売れ行きとなっては無視できなくなりました。誰かの号令で反撃開始となったようです。週刊朝日にコメントが出されているように、まだまだ色気のある人、したたかな人、過去の人とそれぞれ小説に対する反応を異にしているのも興味深いところです。

その筋の話によれば、日航お抱えのいつもの新聞記者が「沈まぬ太陽」に反論する単行本を出版するとの事です。今回の記事はその前哨戦としてのジャブと言ったところなのでしょう。ところで今回の週刊朝日の記事、読んだ方にはお分かりの事と思いますが、「沈まぬ太陽」の第五巻・会長室編(下)の10章とどこか似ています。小説に出てくる日本ジャーナルの事です。「朝日の名前があるだけについ信頼して…」と言うのはよくある話です。

週刊朝日の販売部数が伸びないと言われているのは、今回のように読者の反権力という朝日への期待に反して、日航経営と政界・御用組合幹部との癒着の実態に目をつむり、事件の本質にメスを入れるという姿勢に欠けているからでしょう。通り一遍のワイドショー並みの記事は専門の別のアサヒに任せた方がよっぽど面白いでしょう。

もっとも朝日が「沈まぬ太陽」2百万部の売上げにあやかって、その2百万部読者に週刊朝日を売り込もうと考えてのことなら理解できるところです。しかし万が一にもそのような発想からの二週連載であるならば、読者は見抜き、いずれ離れていくでしょう。