jca Jamaika  

CRMは誰に必要

A 機長
皆さんはCRMと言う言葉をご存知でしょうか?当初はCockpit Resource Managementと言っていましたが、最近では、Crew Resource Managementと言うようになってきました。これは一言で言うと、「必要な人的資源(リソース)を活用し、安全運航に役立てる」と言うものです。なかなかイメージが湧きにくいかもしれませんが、私たちの周りにある人的リソース(客室乗務員、整備士、運航管理者、管制官など)から、様々な情報、アドヴァイスなどを得て、安全運航に一番必要な判断を下す、と言うことです。

私達の仕事は、機長、副操縦士、航空機関士が、チームを組んで一つのフライトを完遂します。チームで仕事をする時、どうしても権限を持った人、或いは経験を持った人が主導権を握りがちです。機長は航空法上、運航の最終責任を負っている反面、指揮、命令などの権限も持ち合わせています。一昔前の飛行機の世界では、機長の言うことは「絶対」といった風潮がありました。たとえ、それが間違っていたとしても、なかなかそれを指摘しづらかったのです。本来、安全運航の為には「何が正しいのか」と言う視点に立った考え方が必要です。しかし、「誰が正しいか」と言う事でチームの判断が決まってしまった結果、本来起こらなくてもよかった事故が起きてしまい、多数の尊い命が失われていきました。

そこで、人間関係に焦点を当てた訓練が必要、と言うことで、CRM訓練が始まりました。人は、他人から自分の間違いを指摘されることにはとても抵抗があります。機長が、自分より年下で、経験も少ない副操縦士から指摘を受ける場合、素直に聞く事が出来ない事もあります。「聞く耳を持つ」と言うことがCRMの大切な要素の一つです。

また、人は間違い(エラー)をします。私達は、エラーを犯さないように様々な訓練をし、またエラーが起こらないような手順等を考えてきました。しかしそれでも人間のエラーをゼロにする事はできません。事故は、一つのエラーだけで起こるのではなく、いくつものエラーが鎖のように繋がって起こる、と言われているのです。このエラーの鎖(Chain of Eventsと呼んでいますが)を途中で断ち切ることができれば、事故を未然に防ぐことができるわけで、CRMはそれを断ち切る為の一つの手段と言う事ができます。

このような考え方が今、航空の分野だけではなく、様々な分野で注目されるようになりました。例えば医療現場です。医療現場でも、医者を中心としたチームで仕事をすることが多いそうです。しかし、聞く所によると、医者の指示、判断が間違っていると看護婦さんが気付いても「言える雰囲気ではない」、「言っても聞いて貰えない」と言った事があるようです。一見単純なミスのようでも、看護婦さんの疲労だけが原因、と言うことではないようです。

CRMと言うものは、航空関係や、医療と言ったいわば特殊な職場だけに適応するもの、必要とされているものでしょうか。そうは思えません。どんなところにでも適応し、また必要なのではないでしょうか。会社の経営者にも当然必要だと思います。

JALでは現在、サンフランシスコ線を交代乗員無しで飛んでいますが、私たち機長組合はこれに反対しています。我々現場からの意見・指摘を経営者はどのように受け止めているのでしょうか。「安全」の為、「誰が正しい」ではなく「何が正しいのか」と言う考え方に立てば、世界中でJALだけが交代要員無しで太平洋を飛ぶ、と言う事になるのでしょうか。

私たちJALの全運航乗務員はCRMセミナーを受講し、毎年その復習として、地上座学を1回、シミュレーターを使った訓練を1回受けています。また、今年の春から、客室乗務員、整備などの現場でもCRMを取り入れた訓練が始まりました。このようにCRMの輪が広がっている中、残念ながら今の経営陣の中では、乗員出身の役員しかCRMセミナーを受けていません。

CRMの考え方が運航の安全に必要な事は言うまでもありませんが、現場だけではなく、経営者にも是非持ってもらいたいものだと思います。社長以下経営陣のCRMセミナーへの参加を是非お待ちしています。