事故調査報告書から消された生存者の証言

「機内の空気は流れなかった」

123便事故の再調査を求めるB

 

「ツンと耳が詰まった程度」の減圧

事故後、奇跡的に救助された落合さん(元日航アシスタントパーサー)は、異常発生直後の機内の様子を次のように語っています。

「耳は痛くなるほどではなく、ツンと詰まった感じでした。ちょうどエレベーターに乗った時のような感じ。それもすぐに直りました。」

 

86年、手投げ弾爆発により急減圧を起こしたタイ国際航空機の場合、減圧は約10ft/minと、123便事故(事故調の推定値30ft/min)の1/3に過ぎません。その機内にいて、大阪空港に無事降り立った乗客は、テレビのインタビューに対し、「エー、何ですか。耳が詰まって聞こえない」と難聴を訴え、また「前から後ろに突風が吹きぬけた」とも答えています。

この明らかに異なる機内の状況は、123便での急減圧の存在を否定するものです。また、落合さんは次のようにも語っています。

 

「バーン」という音と同時に、白い霧のようなものが出ました。かなり濃くて、前の方がうっすらとしか見えないほどです。私の席のすぐ前は、それほど濃くはなかったのですが、もっと前の座席番号47、48あたりの所が濃かったように見えました。ふと見ると、前方スクリーンの左側通路にスチュワーデスが立っていたのですが、その姿がかすかにボヤーッと見えるだけでした。

その霧のようなものは、数秒で消えました。酸素マスクをして、ぱっと見たときには、もうありませんでした。白い霧が流れるような空気の流れは感じませんでした。すっと消えた、という感じだったのです。

 

この証言から、次のようなことが読み取れます。

@「落合さんの席から見て前の方が霧が濃かった」‥機体後部より前の方が温度が低かったと考えられる(落合さんの座席は56列目、左窓際後部通路側、後ろから3列目)。落合さんより後方に座っていた川上さんも「前の方から白い霧のようなものが来た」と語っている。これは、「客室最後部の圧力隔壁から空気が噴出した」との推定に矛盾する。

A「霧が直ぐに消えた」‥気温の低下が比較的短時間で止ったとみられる。

B「空気の流れを感じていない」‥他の急減圧事故と明らかに異なる。

 

「霧は流れなかった」=急減圧はなかった!

事故調が行った事情聴取(85827日)でも、落合さんは「流れるような状況ではなく、留まっている状況で、比較的短い時間で霧は消えた」と答えていたことが、運輸省の事情聴取記録にあるとされています。

(新潮45「『隔壁破壊』はなかった」より)

しかし、事故調査報告書では唯一「『客室内の霧の発生』(口述による)」(73頁)と記載されているのみで、「空気が流れなかった」ことなど他の重要な証言はすべて切り捨てられています。

自ら描いたストーリーに合致する部分のみ採用し、矛盾する部分は聞かなかったことにする、これでは科学的な調査になりようがありません。

 

緩やかな減圧でも霧は発生する!

霧の発生をもっても、30ft/minもの急減圧の証明にはなりません。現に、日航のB747-400の試験飛行中、9,000ft/minの減圧でも霧が発生しています。123便の場合、真夏で機内は満席と湿度が高いため、試験飛行よりもはるかに霧が発生しやすい状況でした。

空気が留まるような緩やかな減圧、これが123便の真相と考えられます。

 

(機長組合ニュース 15-19)

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